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【PtoP NEWS vol.4 縁の下の力持ち】ヴァージニア・デマイシップさん(フィリピン/ATC財務責任者)~後編~

【PtoP NEWS vol.4 縁の下の力持ち】ヴァージニア・デマイシップさん(フィリピン/ATC財務責任者)~後編~

今回は、ATC財務責任者のヴァージさんの後編です。いよいよ、バナナ担当としての活躍が始まります。
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1988年の夏、ネグロス出張中だった*故兼重正次さん(グリーンコープ連合専務)さんに、「色々なバナナを食べてみたい」と頼まれました。リベリタッド市場に一緒に出かけ、トルダン、アンニバル、バランゴン、サバなどのバナナを買い込んで味見をしました。バランゴンバナナを食べた兼重さんは「甘味と酸味」の絶妙な味について語ってくれましたが、フィリピンでは普段あまり食べない種類なので私は食べる気になれませんでした。

ヴァージニアさん

ヴァージニアさん

兼重さんに同行したその時から、私はバナナの仕事にも関わることになりました。山間部の人びとからバランゴンバナナを集めて、何とか日本に送り出したのですが、日本から届いた知らせは「半分は黒くなって溶けていた!」でした。ひどく落ち込みましたが、兼重さんが「おめでとう」と言うのです。「みんなが送り出してくれたバナナが日本に届きました。おめでとう!では、次のステップにいきましょうか?」

兼重さんの激励で、私は再び山間の道なき道をかき分けながら、バランゴンバナナを集めてまわりました。当時、どのような品質のバナナを買い付けるべきか、どのようにバナナを取り扱うのか、すべてが手探りでした。生産者も組織化されておらず、ATCの存在さえ知らない人たちでした。

バナナが運び込まれてきました。

バナナが運び込まれてきました。

出荷作業の最終日に予定の数量のバナナが集まらないと、私たちはストレスの塊になったものです。当時、軍やゲリラも歩き回っていた山間部に入り込んで、急いでバナナを探しまわらなければなりませんでした。こうした経験は、まさにアドベンチャーそのものでした。

 

 

バナナをていねいに水洗いします。

バナナをていねいに水洗いします。

当時の箱詰め作業には多くの人々がかかわり、手から手へとバナナが手渡されながら、ゴミを洗い流し、品質をチェックし、箱に入れました。夜明けに作業が終わって作業賃を受け取る人びとの笑顔を見ると、疲れも吹っ飛ぶくらい嬉しくなったものです。村の人たちとのあの一体感は忘れることができない心の宝物です。

 

現在は、財務責任者として頭が痛い日々を過ごしています。けれども、民衆交易の始まりの時から、ATCでいろんな仕事に携わり、さまざまな困難やフラストレーション、失望にぶち当たってきました。そうした経験は今となっては懐かしく、ATCで仕事をしてきたことに誇りを感じています。

幕田恵美子(まくた・えみこ/ATJ)

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*生活協同組合連合会グリーンコープ連合の専務だった兼重さんは、民衆交易のはじまりからその取り組みに関わっていたキーパーソンです。彼なしではマスコバド糖やバランゴンバナナの交易は始まっていなかったかもしれません。

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