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【PtoP NEWS vol.1 特集】バランゴンバナナ民衆交易の”そもそもの”始まり

【PtoP NEWS vol.1 特集】バランゴンバナナ民衆交易の”そもそもの”始まり

当初は「素人の手でバナナの輸入なんて無謀だ」と笑われながら、今日まで続いてきたバランゴンバナナ民衆交易の始まりについて、初代オルター・トレード・ジャパン(ATJ)社長の堀田正彦氏に話を聞きました。

当初の、バランゴンバナナの山間地からの運び出し

当初の、バランゴンバナナの山間地からの運び出し

最初の日本への出荷のための、バランゴンバナナ洗浄風景

最初の日本への出荷のための、バランゴンバナナ洗浄風景

 

キズだらけの小さなバナナ10トンが神戸港に着いた!

ネグロスのバナナ屋さん

ネグロスのバナナ屋さん

最初はネグロス島で飢餓に苦しむ子どもたちのために何ができるか、それだけでした。とにかく何か具体的な助けになることをしたかった。ネグロスの人びとからの「とりあえずカネが必要」ということ声を受けて募金活動から始めましたが、一方的な善意ではなく日本とネグロス双方に利益の出るような継続できる取り組みを模索したのです。

そしてネグロスにはサトウキビしかないということで、元サトウキビ労働者たちがつくったマスコバド糖の民衆交易が1987年に始まりました(詳細は「ここが知りたいマスコバド糖」を参照)。

 

バランゴンバナナはバランゴン種のバナナです。

バランゴンバナナはバランゴン種のバナナです。

「フィリピンと交易をしているなら、子どもたちに安心して食べさせられる無農薬のバナナは手に入らないの?」という生協のお母さんたちの声を受けて、ネグロスで入手できるあらゆるバナナを食べてみました。トルダン、ラカタン、モラド、セニョリータ、そしてバランゴン。「甘いだけじゃない、その酸味が日本人好みだ!」実際に食べてみて、味で白羽の矢がたったのがバランゴンという種類のバナナだったのです。しかも地元ではそれほど消費力の高い種類のバナナではなかったことも、民衆交易にとっては重要でした。

最初のバランゴンバナナ山

最初のバランゴンバナナ山

こうして、ネグロスの山間地からバランゴンバナナを運び出す取り組みが始まりました。一方日本では、「バナナを輸入するための基礎調査」を命じられた生協の青果担当者が、港の通関業者や追熟加工業者の間を奔走することになります。

1989年2月、生協の青果担当者と一緒に神戸港で10トンのバナナを出迎えた時の感動は忘れられません。試験輸入したバナナは、緑色と黄色が入り混じり傷だらけでしたが、「とにかくフィリピンから日本に届いたのだ!」という事実に皆が感無量でした。港の通関業者すら、傷がいっぱいの小さなバナナを見てとても喜んでくれました。

生産者が集荷所までバランゴンを運びます。

生産者が集荷所までバランゴンを運びます。

 

普通のバナナでないバナナが教えてくれた多くのこと

生産者は重いバナナを担いで山道をもくもくと歩きます。

生産者は重いバナナを担いで山道をもくもくと歩きます。

それからは、ネグロスでは、バナナ生産者と現地のオルター・トレード社(ATC)、日本側では、ATJ、追熟加工場(ムロ)、生協が「バランゴンバナナが、美味しく食べられるバナナとして、消費者に届く」ことを実現するために力を合わせました。

山間地からのバナナの収穫と運び出し、日本での加工と物流、そして黒いバナナや熟さないバナナにも理由があることを必死に説明して、追熟のためにこたつに入れてみる、毛布をかけてみる、お風呂に入れてみる、と消費者と一緒にあれこれやってみたものです。

バナナのホコリやゴミを丁寧に洗い落とします。

バナナのホコリやゴミを丁寧に洗い落とします。

1990年に本格的な事業として動き出した矢先の年末には超大型台風ルピンの襲来でバランゴンバナナは全滅してしまいました。台風の被害から復興するためにバランゴン生産者協会(BGA)が設立され、生産者自らがつくった「バナナ村自立開発5か年計画」の取り組みが始まりました。

そして、ようやくバナナ生産が復活しかけたころで今度は「バンチートップ病害」という難題に見舞われることになります。まさに、一難去ってまた一難、です。

 

ひとからひとへ、手から手へ。

ひとからひとへ、手から手へ。

 

子どもたちの未来を託したバランゴンバナナ

子どもたちの未来を託したバランゴンバナナ民衆交易

この当時からの教訓を今も伝えてくれる石碑がネグロス島の*カネシゲファーム・ルーラルキャンパス(KF-RC)の中にあります。

その石碑には、「クキゾウムシも悲しいのだよ」と刻まれています。どういうことか。

輸入用バナナの生産により土壌が疲弊したことで、土の中のクキゾウムシがバナナの茎に入り込んで養分を吸い取ることになってしまい、その結果としてバナナに病害が発生してしまったのだ、というお話しです。

「クキゾウムシを悲しませないように土づくりをしっかりやろう」という教訓として語り継がれています。こんな小歴史を経て、今にいたっているバランゴンバナナ。食べる側のわたしたちに色々なメッセージを届けてくれるバナナです。

幕田恵美子(まくた・えみこ/ATJ)

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