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【PtoP NEWS vol.07.201610 特集】パレスチナ人民連帯国際デー

【PtoP NEWS vol.07.201610 特集】パレスチナ人民連帯国際デー

毎年11月29日は、国際連合(以下、国連)が定めた「パレスチナ人民連帯国際デー」です。

「世界トイレの日」と並んで国際デーに位置付けられているこの日は、特に昔からパレスチナに住んでいた人びとやその親族から見れば、10年間我慢して腸内に溜め込んだガスを一気に連中の顔面に目がけてダイレクトに放屁してやりたいと思うほどに(それができないので、彼らは石を投げたり火炎瓶を投げたりして抵抗していますが)、黙って過ごすことのできない日として、心に刻み込まれています。

 

 

パレスチナの子どもたち

パレスチナの子どもたち

「パレスチナ人民連帯国際デー」制定は、1947年11月29日、国連がパレスチナの地を「ユダヤ人向け」と「アラブ人向け」に分割するという決議を採択したことに端を発します。
この時点で、多くの人びと(パレスチナ人)がこの地に住んでいましたが、同決議をきっかけとして翌年5月に現在のイスラエルの建国が宣言され、その地に住んでいた多くのパレスチナ人(主にアラブ人)が自分たちの土地を追われて難民となりました。
では、パレスチナ人とは全く無関係な第三者が寄り集まって二分割するという理不尽な採択が、何故なされたのでしょうか?

 

家族でオリーブの収穫

家族でオリーブの収穫

そもそも、「パレスチナ」という言葉は、地中海東岸・シリアの南側一帯を指す呼称として、ローマ時代から用いられてきました。
パレスチナは「ペリシテ人の土地」という意味で、ローマ時代以前にこの地に存在していた古代イスラエル王国を滅ぼしたローマ帝国が、ユダヤ教に関する言葉をなくすという目的で付けた地名と言われています。

ペリシテ人というのは、この地に入植して住み着いていた民族で古代イスラエルの主要な敵として知られています。後述の通りこのようにローマ帝国によって、各地にユダヤ人が離散したことも、その後のパレスチナ問題の一端を担っているといえるでしょう。

オリーブ畑

オリーブ畑

その後パレスチナは、かの有名なナザレのイエスがこの地で誕生し、受洗して布教した後に処刑された場所として知られるようになります。
16世紀にはオスマン帝国がこの地を支配し、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の全てにとって重要な聖地として存在する一方、これらの宗教を信仰する人びとが共存してきました。
重要なのは、彼らが特に大きな争い事もなく共存してきたことであり、また、前述の通り、そのパレスチナの地に住んでいた「パレスチナ人」がいたという事実です。
現在のパレスチナ問題は、あたかも根深い宗教上の対立・紛争であるかのように報じられることもありますが、必ずしもそうではありません。

オリーブの古木

オリーブの古木

2000年前の離散以降、ユダヤ人は世界各国に居を移し、彼ら独自の信仰とそれに基づく行動規範を守ってきました。しかし時には、それを異端と捉える周囲の人びとから迫害を受けることも少なくありませんでした。

そのようなユダヤ人の中で、かつての祖国である古代イスラエル王国のあった地、つまりパレスチナに、ユダヤ人国家を作るというシオニズム運動が展開していきました。

オリーブの実

オリーブの実

その結果として、19世紀以降、多くのユダヤ人がパレスチナの地に移住しました。この運動の標語として有名なのが「土地なき民に、民なき土地を」という言葉ですが、パレスチナの地にはすでに多くのパレスチナ人が住んでいたことはご説明した通りです。

 

つまり、シオニズム運動は、このような事実を隠蔽し、「2000年前に離散したかわいそうなユダヤ人が、自分たちの力で誰に迷惑をかけることもなく土地を取り戻し、国を再建する」というような美談を掲げ、1948年のイスラエル建国にこぎつけたものであると言えます。

 

 

オリーブの生産者

オリーブの生産者

特にユダヤ人の多い米国を筆頭に、冒頭に述べた国連による分割決議案に賛成票が投じられ、その後連綿と続くパレスチナ問題につながっていきます。
この「パレスチナ人民連帯国際デー」は、国際社会共通の問題として解決をしていくべきというところから、1977年に制定されました。
しかし実際には、この日を契機にパレスチナ問題の解決に動くという実効性を持っているわけではなく、また日本においては、国際デーはおろか、そもそもパレスチナという場所についても「何だか危ないところ」程度にしか認知されていないのが実態です。

 

実際に訪れるパレスチナは、古来より続くオリーブ畑の広がる長閑な地域です。もしこのような問題がなければ、今の100倍は観光客が訪れる風光明媚な土地として名を馳せていると思われます。そしてこれが、本来のパレスチナの姿であるはずです。誰も好き好んで石を投げているわけではありません。

今我々ができることは限られていますが、少なくとも同じ地球上に生きる人間同士、なぜこのような問題が起こっているのか、またパレスチナという地がどのような場所なのか、この日をきっかけとして少しでも伝えていきたいと考えています。

若井俊宏(わかい・としひろ/ATJ)

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