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パレスチナ雑記② パレスチナとオリーブ

パレスチナ雑記② パレスチナとオリーブ
日本ではあまり報道されることのない「パレスチナ」について、国際的なニュース記事や、ATJ社員が現地で見聞してきたことなどを交え、不定期で紹介させて頂きます。少しでも「パレスチナ」のことを身近に感じ、興味を持って頂けたら幸いです。

 

最近、イタリアのオリーブの樹が「ピアス病菌」という細菌によって大量に枯死している、という話題が上っています。イタリアは、スペインと並んで世界有数のオリーブ産地であり、イタリア産と表示されたオリーブオイルは、日本に輸入されているオリーブオイルの約半分を占めるとも言われています。なので、このまま被害が拡大すると、今後の日本のオリーブオイル供給量や価格、そして速水もこみちの生活にも影響が出てくるかもしれません。

パレスチナも地中海沿岸に位置する土地でありますので、心配になって状況を聞いてみましたところ、「全く問題ない」とのこと。今年は花の咲きもいい感じだそうで(オリーブの花期は、毎年5-6月頃)、このまま順調に行けば、良いオリーブオイルが採れそうであるとのことでした。この後花が落ちて実が成り、その実が熟し始めて色が黒っぽく変わり始める10-11月頃が、収獲の時期となります。

オリーブの花

オリーブの花

さて、そんなオリーブは今から6,000年程前にパレスチナ周辺で栽培が始まったと言われます。元々、ジェリコなど「世界最古の街」を標榜する土地でもありますので、そういう人たちが始めたということなのではないでしょうか。以後、花粉や種が風に乗ったり鳥に運ばれたりしたことで、オリーブが地中海沿岸に広がっていったそうです。

「誘惑の山」の眼下に広がるジェリコの街は、世界で最も標高の低い街でもある。遠くに見えるのはヨルダン渓谷。

それ以前は脂肪と言えば動物由来が一般的だった中、常温で液体のオリーブオイルは、非常に重宝されました。食用はもちろん、皮膚を守るために体に塗られたり、灯りを取るために燃やしたり、香油や媚薬の溶媒にしたり、石けん等の原料として使ったり、まことに多岐にわたる用途があり、現在に至っています。また比較的堅い質感を持つオリーブの木は道具作りにも重宝され、現地の至る所で木工品が売られています。(ナザレのイエスは、よく「キリスト」と呼ばれますが、これは「油を注がれたもの」の意味を持つ「メシア」というヘブライ語をギリシア語訳した言葉から来ているそうです。この油=オリーブオイルと言われます。昔からオリーブオイルは、聖なる油としての神秘的な位置付けもなされていたことがわかります。)

イエスが受洗したと言われるヨルダン川の場所。川幅は5m程度で、対岸はもうヨルダン。世界中から信者が集まり、イエスの追体験をしていた。

実際にヨルダン川西岸地区を車で走ると、日本の田んぼのような感じで(風景は全く違いますが)丘陵地帯にはオリーブが広がり、走りながら地図を見ると、至る所に「オリーブ」を意味するZeit~という地名が見られ、休憩のために立ち寄ったレストランではオリーブオイルはジョッキに入って机の上に置かれ、そのオリーブを搾るための搾油所では使用料は搾ったオリーブオイルから天引きされるらしい、という具合に、至る所でオリーブが活躍していることがわかりました。パレスチナ人にとってのオリーブオイルは、単なる食品を越えた、民族の根幹を成す生活の潤滑油といって差支えありません。

 

 

 

 

ジャーに入ったオリーブオイル

ヨルダン川西岸地区で最も多く栽培されている品種は、「ナバリ」と呼ばれるもの。日本で良く見るイタリアやスペイン産オイルではあまり見られない品種で、現地の人が、古い樹を「ナバリ・バラディ(バラディ=地元のもの、みたいな意)」と地元愛を込めて呼んでいるのが印象的でした。地方によって異なるようですが、樹齢数十年~数百年程度のものまで、幅広い年齢層の樹が育てられています。多くの生産者は、代々オリーブ栽培を営んできた人々。いくつかの村を訪問しましたが、本当に長閑な雰囲気でした。「パレスチナ」と聞くと、どうしても紛争地帯と言うイメージを抱きがちですが、本来はこのような人々の暮らしが当たり前にある土地であることを再認識させられました。

現地のポピュラーな料理、フムス。ヒヨコ豆のペーストで、ピタパンに入れたりして食べる。真ん中の黄緑色は全部オリーブオイル。

Al Zawiye村の協同組合長、イスマエルさん宅でごちそうになったパレスチナ料理。生地から滴るほどにオリーブオイルが使われていたが、食べてみるとそれほど脂ぎっているわけではなく、むしろシンプルで日本人の口に合う美味しさ

事業部商品二課 若井

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