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東ティモールの歴史

21世紀最初の独立国、東ティモール

東ティモールは、2002年5月20日に独立を果たし、新たな国づくりが始まりました。
希望に満ちたそのスタートを切るまで歩んできたのは、植民地として実に4世紀以上にも及ぶ抑圧の歴史でした。

植民地時代にポルトガル人によって持ち込まれたコーヒーは、独立してもなお、重要な生活の糧となりこの国の人々の暮らしを支えています。

19世紀初頭に、宗主国ポルトガルの総督が持ち込んだコーヒーの本格的な栽培を目的に、巨大なプランテーションが作られるようになりました。インドネシアによる武力侵攻以降、インドネシア軍上層部の設立したコーヒー会社に独占されながらも、主要産業であることが重要視されずに放置されたことにより、図らずも農薬や化学肥料に頼らない栽培方法が定着することとなりました。植民地支配された時代から開放された今もなお、国民の実に4分の1以上が、コーヒーに日々の生活を大きく委ねています。

1511年 ポルトガルが白檀を求めて、来航。植民地となる。
1815年 ポルトガルの総督により、コーヒーの苗が初めて持ち込まれ本格的なコーヒーの栽培が始まる。
1942~45年 第二次世界大戦中、対オーストラリアの最前線として日本軍が占領。
1945年 大戦後、再びポルトガル領に。
1974年 本国のクーデターで植民地政策が転換、ポルトガルの撤退
1975年11月 独立宣言
1975年12月 インドネシアが軍事侵攻、27番目の州として強制的に併合。
1991年 サンタクルス事件 (デモにインドネシア軍が無差別乱射し500人以上の死者が出た)
1999年8月 国連管理下の住民投票で「独立」を選択
インドネシア国軍、併合派民兵による襲撃
国連による暫定統治の開始
2002年2月 日本が国連平和維持活動(PKO)に自衛隊を派遣
2002年5月20日 正式に独立。国連東ティモール支援団を設立
2006年 ディリで騒乱が発生(国軍内で東西出身者の確執が引き金となり、騒乱が拡大)
2008年 ラモス=ホルタ大統領、シャナナ・グスマオン首相の襲撃事件


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