種子の権利を守る国際行動
4月17日は小農民の闘い国際デーです。国際的な小農民の組織、ビア・カンペシーナは今年この日に種子の権利を守る国際的な行動をよびかけています。
なぜ種子の権利を守る国際行動なのか?
なぜ種子の権利を守る国際行動が必要なのでしょう? 種子の権利にどのような脅威が迫っているのでしょうか? 種子は言うまでもなく、農民にとってそれなしには農民としての生存が不可能なほど重要な存在です。農耕開始以来、農民は種子を守り、育ててきました。しかし、今、この種子と農民の関係が大きく変わりつつあります。
いわゆる先進国では形や大きさなどバラバラな多様な実りができる従来種の種子ではなく、規格通りの工業品のような農産物が求められ、F1種子の開発が盛んになります。農民が種取りをして、保存していた種子は種子企業が開発するものとなり、やがて種子企業が種子の権利を独占するようになってきました。その種子企業は巨大化し、世界の種子市場の独占が進んでしまっています。
農業がいつの間にか、こうした極少数の多国籍企業に握られるようになってきました。かつて農民が地域の気候に合った多様な種子を持っていたのに、それが種子企業が売り込む画一的な少数の種子に変わっていきます。また、農薬や化学肥料の使用により農業生産を高めようとする「緑の革命」は先進国だけでなく、南の広汎な地域に広められていきました。
かつての種子と違い、こうした種子は特定の農薬や化学肥料を使わなければなりません。結果として、農民は種子も農薬・化学肥料も買わなければならなくなってきます。世界の農薬企業も独占化が進み、そのトップはすべて遺伝子組み換え企業であり、種子も農薬もセットで売り込みます。石油などの化石燃料を大量に使う農業は環境汚染や気候変動ガスの原因となります。産業システムに従属する農業によって小農民の立場はより脅かされる時代となってきています。
種子を保存することが禁止される時代!?
さらに、農民が収穫の中から一部を次の耕作のために種子を保存したり、それを使って種まきをすることが違法となり、農民は登録された種子企業から毎年買わなければならない、もし違反したら犯罪者となる、こうした法律が世界各地に拡がろうとしています。
こうした法律はドイツやフランスなどではすでに成立しており、EU全体でも法案が提出されて審議されています。ヨーロッパばかりでなく、こうした法律制度は世界各国、特にラテンアメリカやアフリカに近年自由貿易交渉を通じて押しつけられてきています。
こうして農民の種子の権利を否定し、種子企業の特権を認めることは特に南の地域の農民にとっては巨大な打撃を与えます。南の地域では農民たちが自分たちの種子を自分で保存し、共有し、生産を続けている割合がひじょうに大きいからです。特にアフリカではその大部分がそうした生産になっているといいます。南の地域の農民が種子や農薬を買う農業に転換しなければならない場合、そもそも彼らが生産を継続できなくなる可能性が高く、小規模生産者としての生存に関わる問題になります。土地を失い、生きる糧を失い飢餓に直面する確率が高いのです。
一方、種子企業にとっては最後のフロンティアである南の地域の農民の権利を奪うことは彼らにとって大きな市場と利益を確保することになります。それゆえ、種子企業は投資ファンドや政府といっしょになってアフリカに進出の機会を狙っています。また、彼らは、この間、彼らの国際ロビー活動の成果である植物の新品種の保護に関する国際条約UPOV条約を南の国々に批准を求め、その条約を根拠に市場開放・独占を狙っています。
世界の飢餓、環境にも大きな影響を与える闘いが世界で繰り広げられているわけです。こうした動きは中南米でも拡がっていますが、農民たちは黙っているわけではありません。
中南米で拡がる「モンサント法案」への反対運動
中南米で農民の種子の権利を否定し、種子企業の知的所有権の農民の権利への優越を認める植物種苗法案が続々と登場しています。これは最大の種子企業であるモンサントを利するものとして通称「モンサント法案」として大きな批判を浴びています。特に中南米ではこの法案は同時に遺伝子組み換え作物の商業規模での栽培問題と密接に結びついています。
- メキシコ
- メキシコでは2012年3月に農民の種子の権利を否定する植物種苗法案が登場しましたが、農民や環境団体の反対運動が同月に廃案に追い込んでいます。注1
- コロンビア:
- コロンビアでは2010年、米国やEUとの自由貿易協定によって、農民が政府に未登録の種子を使うことを禁止する法律が成立。しかし、2013年8月、コロンビア農民の全国的な抗議行動により、コロンビア政府はこの成立の施行を2年間凍結を発表。注2
- ベネズエラ:
- チャベス前大統領が遺伝子組み換え反対を打ち出しましたが、周りを遺伝子組み換え作物栽培大国に囲まれ、ビジネスセクターには遺伝子組み換え合法化を狙う勢力があり、その間でのせめぎ合いが続いていますが農民運動側がこの農民の種子の権利を確立する活動を強め、成果を得ています。注3
- チリ:
- TPP参加国でもあるチリはUPOV条約を批准し、それに基づき昨年、新植物種苗法案の制定しようとしました。しかし、全国的にこの法案がモンサント法案であるとして反対運動が高まり、2014年3月、この法案の審議を政府が撤回しました。注4
- アルゼンチン:
- アルゼンチンはモンサントの南米進出の橋頭堡となった南米で初めての遺伝子組み換え栽培国ですが、遺伝子組み換え種子の特許の支払いは認められていません。この事態にアルゼンチン大統領は米国まで赴き、モンサントの種子工場の誘致と種子法の改定により、モンサントの知的所有権、および種子企業の権利を認めようとしています。モンサントの種子工場建設に対しては住民の座り込みにより建設が止まり、環境影響評価書の不備により建設停止命令が裁判所から出て、世論を敵にする事態が生まれています。種子法の改悪が懸念されていますが、遺伝子組み換え大豆耕作に伴う環境汚染に反対する住民、小農民、環境運動の反対運動は高まっています。
- ブラジル:
- ブラジルは2005年、種子法を改定し、遺伝子組み換え企業の知的所有権を認めつつも、一方で、クリオーロ種子条項を作り、小農民が自分たちの種子を使う権利を認めています。この権利承認をもとに、さらにブラジルの小農民運動はアグロエコロジーと有機生産政策をブラジル政府の公式政策とすることに成功しており、政府は小農民の種子の権利を守る政策を取っています。
狙われるアフリカ
アフリカではその人口の大部分が小農民であり、その圧倒的多数の農民は自分たち自身の種子を活用する農業を営み続けています。政府開発援助などを通じて「緑の革命」でそうした自立的な農業から種子・農薬企業に依存する農業への転換が図られていますが、アフリカではまだ従来の農業が守られている地域が多く残っています。
種子企業にとってはアフリカは最後のフロンティアであり、このアフリカでこの種子の法律を変えさせることに多くのエネルギーを注ぎ込んでいます。
米国政府は特にこの間、アフリカ諸国に対して食料援助と引き換えに遺伝子組み換えの合法化などを含む改革を要求してきましたが、アフリカで本格的な商業栽培を承認した国は南アフリカのみで他の国は長く抵抗を続けてきました。
しかし、こうしたロビー活動のもと、すでにスーダン、エジプト、ブルキナファソでも遺伝子組み換えの栽培が始まっており、ケニア、ウガンダ、モザンビークでも試験段階に突入してしまっています。
人口の大多数を占める小農民の自立性を奪う農業モデルの押しつけは大規模な飢餓の発生や環境破壊につながる可能性がひじょうに高く、世界の市民組織が声をあげています。
こうした多国籍企業に押しつけられる農業モデルではなく、地域の生態系にあった農民主体の農業を取り戻すべきとして、ビア・カンペシーナは家族農業・農民主権に基づくアグロエコロジーの推進を掲げています。
将来を作り出すアグロエコロジー
もし現在起きている対立をバイオテクノロジー企業による農業の技術革新をめざす近代農業対小農民による古い農業と見るならば問題を取り違えることになってしまうでしょう。
ビア・カンペシーナなどの世界の小農民運動が唱道するアグロエコロジーとは決して古い農業に戻ることではなく、生態系の力を生かした農業に関する技術の体系を意味し、その科学の実践として実現可能な新しい農業のあり方を提唱するもので、すでに大学や研究機関で専門的な研究がなされています。アグロエコロジーの適用により従来農法に比べ、生態系への影響も抑えながら、生産も高めることができるといいます。
一方、バイオテクノロジー企業による農業モデルとは、下記の点で決定的な問題点が指摘されます。
- 農薬、化学肥料の使用により大量の化石燃料に依存する農業であり、気候変動の原因を作り、持続できない。
- 使われる農薬や化学肥料は土壌の有機的なシステムを破壊し、汚染や土壌流出など深刻な環境破壊を生む
- 大規模機械化農業を推進し、小農民を農業生産から追い出してしまう。
- 大規模機械化農業は雇用者が決定的に少なく、社会的に大きな問題を引き起こす
世界の小農民と生きられる環境を追い込むバイオテクノロジー産業が進める農業モデルとは異なる小農民の主体性を取り戻す動きがこのビア・カンペシーナによる農民の種子の権利を守る運動ということができるでしょう。
TPPと種子の権利
TPPに限りませんが、自由貿易交渉を通じて、こうした種子企業の種子の独占権が確立され、農民の種子の権利が奪われていく動きが生まれていることに注目する必要があると思います。
2009年、バイオテクノロジー産業のロビー団体であるバイオテクノロジー産業団体(BIO)は米国通商代表部に対して、TPP参加各国が種子企業の知的所有権を擁護するように求めています(注5)。
バイオテクノロジー産業とは決してモンサントやダウ・ケミカルなどの米国企業だけではありません。日本にも多数のバイオテクノロジー産業が存在しています。こうした企業は利害を共にしているといえるでしょう。日本の農産物市場だけを見れば米国対日本、あるいは農産物輸出国対日本という図式が成立し、マスコミの報道もそれに集中してしまいますが、実際にはそれ以外にも、バイオテクノロジー産業対世界の小農民という図式も存在しています。
この図式は報道されることはなく、人びとが知らない間に日本を含み世界的に農民の権利が奪われるプロセスが進行してしまいつつあるといえるでしょう。
種子はいわば人類共通の共有財産(コモンズ)であり、それを活用していくことは人びとに自由に開かれた権利であるべきでしょう。そうでなければ種子の多様性も奪われ、食の文化の固有さも奪われ、多国籍企業が食を決めていってしまうことになってしまいます。
南米の地域の中では遺伝子組み換え以外の種子を得ようと思っても困難な事態が生まれているところがあります。人びとが食べたいものではなく、種子企業の都合で提供される作物、それは今後、遺伝子組み換え作物になってしまうかもしれません。農民には植えたいものを植える権利、消費者には選ぶ権利があるでしょう。
この種子の権利を守る行動日に私たちの種子の権利、ひいては食の権利を取り戻すことを考えたいと思います。
印鑰 智哉(オルター・トレード・ジャパン政策室長)
参考Webサイト:
Via Campesina On April 17 We Defend our Seeds and Fight Against the Seed Industry
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