パレスチナでオリーブを栽培し続けるということ ―オリーブオイル民衆交易の意義
パレスチナでは、4000年以上も前からオリーブの栽培が行われてきており、オリーブは文化の象徴でもありますが、そのオリーブの木がイスラエル軍や入植者に焼かれる、根こそぎにされるということが起きています。
守られぬ合意、継続する暴力
1967年、第三次中東戦争でイスラエルがパレスチナを軍事占領して以来、ヨルダン川西岸地区ではイスラエル人の入植が増加し、多くのパレスチナ人が土地を追われました。1993年にようやく和平交渉が始まり、イスラエルとパレスチナはオスロ合意にて、ガザ地区およびヨルダン川西岸地区の一部におけるパレスチナの段階的自治を定めました。
しかし、その後もパレスチナ自治区へのイスラエル人による入植は続いており、2023年末時点では、オスロ合意以前の3倍以上の土地が占有されています。イスラエル人は入植をするだけではなく、パレスチナ人による反発がおきても鎮圧できるようにイスラエルとの分離壁をパレスチナ人の土地の中に建設し、さらに検問所を設けることで、パレスチナ人の移動を制限しました。
オスロ合意によって、ヨルダン川西岸地区はA、B、C地区に分類されました。A地区はパレスチナに行政権と警察権がありますが、B地区では行政権だけ、C地区では行政権と警察権はイスラエルが握っています。分離壁やフェンスがいたるところにあるC地区に住むパレスチナ人は、自分の農地に行く時にも壁の所々に設けられているゲートでチェックを受けます。言われなき理由で通行できない日もあり、移動には大きな困難が伴います。
ガザ地区と西岸地区を合わせたパレスチナ全体の31%は農地で、そのうち54%がオリーブ畑です。C地区には、ほぼ全域にオリーブの木が植えられています。オリーブ以外にもアーモンドやデーツ(ナツメヤシの実)など多くの農産物がパレスチナの土地で生産されています。
そうしたパレスチナの農業と農家を支援するために、PARC(パレスチナ農業復興委員会)とUAWC(パレスチナ農業開発センター)がそれぞれ 1983年、1986年に設立されました。PARCはアル・リーフ社、UAWCはマウント・オブ・グリーン社という事業会社を設立し、オリーブを含めたパレスチナで収穫される農産物や農産加工品のフェアトレード事業にも取組んでいます。オルター・トレード・ジャパンは、この2つの事業会社からオリーブオイルを輸入しています。
自分たちの土地を守る
パレスチナの人びとは、自分たちの土地を守るために、農地を開墾します。そして人びとは今でも年間1万本のオリーブの木を植え続けています。開墾されておらず使用されていない土地は、イスラエルによって接収が正当化されるからです。
PARCやUAWCでは、農地を持続的に管理するための農道の建設や井戸の修復、灌漑用水路の維持管理に取組んでいます。農業に欠かせない水源の90%はイスラエルにより独占されているため、農業用水確保のために雨水を貯める大きな貯水槽や用水路の建設、また水が全くない村には水源から水をパイプで引いてくるなど、その村に合わせた方法で水の確保の支援をしています。
しかしその努力の一方で、水源の重要性を知るイスラエルは、水源や貯水槽を意図的に攻撃し、破壊することもあります。農地へのアクセスを困難にし、水源を奪い、パレスチナ人が農地を放棄するよう仕向けます。
農村地域に住む多くのパレスチナ人は、日常的な暴力の下で生活しています。特にオリーブ収穫期の2023年10月以降、収穫間近のオリーブの実を盗む、木を伐採する、またパレスチナ人への直接的な暴力がさらに増加しています。元来オリーブの収穫は、家族総出で収穫に取り組む賑やかな年中行事です。
オリーブオイルの民衆交易は単にオリーブオイルを適正価格で購入し、生産者の生活を支える以上に意味があります。パレスチナのオリーブオイルを利用することは、パレスチナの人びとの土地を守り、文化の象徴であるオリーブとともに生き続けるパレスチナ人たちとの連帯を表明することにつながります。
鐘ヶ江良亮(かねがえ・りょうすけ/ATJ)
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