レポート

「国際家族農業年から始まる小規模家族農業の道」セミナー報告

2014年12月4日

2014年11月24日、立教大学経済研究所主催で「国際家族農業年から始まる小規模家族農業の道ーフランス農業開発研究国際協力センター(CIRAD)の研究者を迎えて」と題されたセミナーが開催されました(案内)。
11月24日セミナーの様子
以下はその簡単な報告です(編集者の責任で編集したものです。その責任は編集者にあります。文責印鑰智哉[いんやく ともや]ATJ政策室室長)。


国際家族農業年と日本農業

関根佳恵さん(愛知学院大学)

関根佳恵さん

セミナー開催の経緯

 3月16日に立教大学で開かれたセミナー「『バナナと日本人』以後のバナナと日本人を考えるために」において、バランゴンバナナの民衆交易によって小規模生産者、家族農業を守ることの意義を考えました。その家族農業のテーマを、6月14日に上智大学グローバル・コンサーン研究所主催で行ったセミナー「国際家族農業年と人びとの食料主権」において集中的に扱いました。

今回のセミナーはこのテーマをさらに深めるために、フランスの農業開発研究国際協力センター(CIRAD)のお二人をお招きすることになりました。CIRADのピエール・マリー・ボスクさんは世界食料保障委員会(CFS)から諮問を受けた専門家ハイレベル・パネルの小規模農業に社会的リソースを投入する際に障害になるものが何なのかを検証するチームのリーダーとして報告書を作成しています。その報告書は日本語でも農文協から『人口・食料・資源・環境 家族農業が世界の未来を拓く—食料保障のための小規模農業への投資』として出版されています(参考資料)。

日本における小規模家族農業の課題

 小規模家族農業は食料保障、持続できる資源利用、雇用などの観点からもその重要性が指摘されています。日本では98%の経営主体が家族農業ですが、日本では高度成長期以降、農業は製造業の輸出促進のために外交カードとして切り捨てられる存在となり、GATT、WTO体制の下で自由化、WTO多角的交渉が暗礁に乗り上げた以降は自由貿易協定(FTA)、経済連携協定(EPA)を通じた自由化により、農業保護政策は削られてしまい、現在は日本の農業はその存続すら危ぶまれる状況になっています。農業経営の規模拡大、企業の農業参入が政府の基本方針となっており、これを支える考えとしては政府による市場介入・規制を行わず、自由な市場に任せることが経済・社会にとって望ましいとする新自由主義があります。

 そして、その政策は日本国内ばかりでなく、政府開発援助としてアフリカのモザンビークに1400万ヘクタールという巨大な大規模輸出向けモノカルチャーを持ち込むような政策にも現れています。日本企業の利益優先政策と言うことができます。

 国際社会は今、小規模家族農業が持っている力、可能性に着目して、それを重視する政策に移ってきているのに、日本政府の政策がそれに逆行しています。

 日本の小規模家族農家が存続するためには、中長期の国家戦略の制定と予算の配分が必要であり、それに向けて、農家自身が積極的に政策立案に参加できる透明性のある政治プロセスが必要です。そうしたプロセスを作り出すためにも多様な社会勢力が連帯していくことが必要になります。

 小規模家族農業が発展していくためには新自由主義を超える説得力(正当性)あるモデルの提示が鍵になりますが、実際に、日本には世界に誇る有機農業、産消提携、里山保全などの実践があります。私がお会いした福島の農家の方も、そうした新しいモデルをたくさん作っていると話してくれました。

 国際家族農業年はもうすぐ終わってしまいますが、小規模農業を見直す始まりの年にしていきましょう。


国際家族農業年の意義と家族農業が直面する課題

ピエール・マリー・ボスクさん(農業開発研究国際協力センター、CIRAD)

ピエール・マリー・ボスクさん

世界食料保障委員会(CFS)と専門家ハイレベル・パネル(HLPE)

 私はCFSからの諮問を受け、HLPEの小規模農業に社会的リソースを投入する際に障害になるものが何なのかを検証するチームのリーダーとなりました。ここで簡単にCFSとHLPEの仕組みを説明します。

 2009年にCFSが改革されます。改革の後は市民組織、NGO、農民組織、民間企業の参加して意見を反映させることができるようになりました。それ以降、CFS HLPEは多くの農業に関する独立したレポートが発行するようになりました。

 HLPEには3つの組織層があります。まず食料保障に関して国際的に認知された15人の学者による運営委員会があります。その運営委員会が選出したプロジェクトチーム。このプロジェクトチームが討議・調査して、見解をまとめ、リーダーがレポートを提出します。そして、このHLPEのチームとCFSと運営委員会をつなぐ役割を果たす事務局があります。

 このHLPEの参加者は出身団体を代表ぜずに個人ベースで参加します。所属にとらわれず、独立した見解を出すことが重要だからです。報告書は草稿段階でWeb上に発表され、個人や関係組織がコメントができます。論争をよぶテーマにおいても組織から自由に議論が可能な仕組みになっています。

 チームでは特に以下の4つの点を検討しました。

 1.家族農業と労働問題、2. 市場、3. 小規模農家が抱えるリスク、4. 農場以外への投資。小規模家族農家にとって、家族の健康はその生産継続にとってリスクになりえます。そのリスクをどのように軽減するか。市場の問題では小規模農家自身による自己消費があります。これは決してマイナスのことではなく、さまざまな面で小規模農家の生産強化につながってくるもので戦略的に重要であると考えています。

 農業を効果的に行っていくためには農場を越えた公共財の投入や整備などの必要があります。市場へのアクセス含めて、国家的レベルでの政策がなければ解決できない問題です。

小規模農業こそが世界の基軸、その発展のためのニューディールを

 以前は小規模農家は減っていくという過程がありました。しかし、この図のインドやブラジルの例ではむしろ小規模農家が増えています。小規模農業が世界の大半を占めています。2ヘクタール以下が世界の85%を占めています。5ヘクタール以下ならば95%に達します。これは南の世界ばかりでなく、EUでも10ヘクタール以下が80%を占めます。

 小規模農業は経済的に重要な存在です。社会的にもセーフティネットとして機能することができます。政策を変えれば小規模農業を生かせることになります。農業の多様なあり方を可能にする政策こそが必要なのです。

 その実現のためには農民の権利として政策決定に参加できることであり、私は今こそ、あのフランクリン・ローズベルトが提唱したニューディールになぞらえて、小規模農家のためのニューディールが必要だ、と考えています。


21世紀における世界の家族農業

ジャン・ミッシェル・スリソーさん(農業開発研究国際協力センター、CIRAD)

ジャン・ミッシェル・スリソーさん これまでの農業発展モデルは以下のようなものでした。第一次産業に依拠した経済から構造的に多様化された経済になること、農業から他の産業セクターや都市への労働者の大量の移動、より大型機械による機械化農業、資本集約的な短期的な農業経営。耕作から作物の販売まで産業化のシステムを作ること。しかし、その農業発展モデルは何をもたらしたでしょうか?

農民のいない世界をもたらす「農業発展モデル」

現在農業発展モデルの未来像

 この図は農業のGDPに占める割合や農業における雇用を示したものですが、結果として農民のいない世界に向かいつつあります。
 
 そしてこうした農業モデルは脆弱です。化石燃料や鉱山物質に依存しており、汚染を生み出し、水資源、土壌の保全、そして生物多様性維持などの点で、持続性には限界があります。グローバルな変化に対して回復力もかけており、南の国々だけでなく、北の国々においても農民を債務の時限爆弾に縛り付けてしまいます。農民は世界各地で社会的に疎外されており、市民社会の中に断絶がもたらされています。
 
 先進国にとってこの農業発展モデルは将来性のないものとなっています。そして発展途上国にとってはこの農業発展モデルを採用することは現実的でありません。
 
 特にアジア、サハラ以南のアフリカにとって雇用問題は大きな問題です。世界には13億の人びとが農業で働いています。その多くが家族農家であり、78%はアジアに集中しています。

パラダイムシフトが必要だ

 これまでの農業発展モデルにとらわれていればこうした矛盾を抜け出すことはできません。私たちはパラダイムシフトすることが必要なのです。
 そのためには農業だけでなく、世代間の対立やジェンダー間の不平等を解決していくことや地域のインフラ作り含めたポリシー・ミックスが不可欠です。


市場の自由化と農業~TPPをめぐる問題と日本農業

郭洋春さん(立教大学経済学部)

郭洋春さん ピエール・マリーさん、ジャン・ミッシェルさんのお話を伺って、私たちはパラダイム転換が求められていると強く感じました。そのパラダイム転換とは従来の量的な成長こそ進歩であるとする考え、そして、大規模化こそ効率的であるという考え方、工業化こそ社会を豊かにする、という考えから新たな価値に基づいたパラダイムに変わらなければならないと感じました。

 日本の農業を取り巻く社会情勢を概観しますと、30年間に農家の数は4分の1になっています。これだけの減少を見せた産業は農業だけです。日本の農業はGDPの1%に過ぎなくなっており、これが農業は不要だとする論、農業自然衰退論の根拠とされています。しかし、衰退する産業は不必要な産業ではないと私は考えます。

 農業は人の命を育む唯一の産業です。ですから、市場原理をいれてはいけない産業であり、国が全責任をもって保護・育成すべき産業なのです。それをしないというのは国家の役割の放棄といわざるをえません。

TPP参加で国際競争力を持った農業が再生されるのか?

 TPPの経済効果は10年後に3.2兆円と試算されています。この3.2兆円とはGDPの0.6%に過ぎず、しかも10年かけて0.6%の増加です。しかも10年後以降は横ばいになる、あるいはどうなるかはわかっていません。その一方で、農業被害は3兆円(米が34%、豚肉15%、牛肉12%)と言われています。

 TPPが成立すれば農業では食べていけずに失業者が確実に増えます。失業者が増えますが、日本には増大する失業者を吸収する産業は日本にはありません。現在の日本の経済社会とは成熟社会であり、ものがあふれています。ものつくりは限界状態です。

 アベノミクスで円安になっても輸出が増えないのはその証左です。ですからTPP締結後に発生する失業者を吸収できないことになります。それなのにも関わらず、日本政府は日本でものを作り、輸出して外貨を稼ぐという量的成長こそが経済成長だという20世紀的な古いドグマに未だに縛られています。

 農業とは文化であり、歴史であり、風習です。それはその国の成り立ちを表すものであり、農業に市場原理を持ち込むこと自体誤った経済政策といわざるをえません。

 それではどうすればいいのか、私は21世紀の日本の成長産業は農業と観光であると考えています。


コメント:新しい共生原理に基づくパラダイムへ

古沢広祐さん(国学院大学経済学部)

古沢広祐さん 国際的な動きが変わり始めていると思います。国連、特にFAOの農業政策やその他の機関の開発政策、地域政策が変わり始めています。特に農業の分野で一番顕著に動いています。

 これまでの開発のパラダイムは農業の近代化でした。企業的な農業から生活としての農業に変わろうとしています。生活に密着した農業は多様な価値がある。そうした視点がはっきり出てきました。

 産業としての農業、企業としての農業に対して、生活としての農業、社会としての農業に視点が移ろうとしています。競争原理に変わり、生活原理、共に生きる原理として共生の原理が明確に意識され始めています。

 日本という立場が問われていると思います。米国型農業に対して、多様な農業が日本にはあります。日本から世界に提起すべき貴重な宝の山があります。国連で家族農業の方向性が示された以上、それを日本に持っている日本はこれを見直して、世界に提案していくべき時に来ていると思います。


注:

このセミナーの内容は翻訳出版予定があります。またジャン・ミッシェル・スリソーさんの最新の著作の翻訳出版も検討されています。

写真提供:奥留遥樹さん

録画記録 都市生活者の農力向上委員会

農業開発研究国際協力センター、CIRADは国際的な農業開発政策について発展途上国と協働する研究公的企業です。詳しくはCIRADのWebサイトをご覧ください。

参考資料

『人口・食料・資源・環境 家族農業が世界の未来を拓く—食料保障のための小規模農業への投資』

『人口・食料・資源・環境 家族農業が世界の未来を拓く-食料保障のための小規模農業への投資』
国連世界食料保障委員会専門家ハイレベル・パネル 著
家族農業研究会 共訳
農林中金総合研究所 共訳
発行:農山漁村文化協会(農文協)

国際家族農業年と人びとの食料主権報告書

ATJオルタナティブ・スタディーズ・シリーズ No.2
「国際家族農業年と人びとの食料主権」
ー6月14日セミナー報告書

2014年7月28日発行/A4 28ページ
2014年6月14日に行われたセミナーの内容を収録。国際的な小規模家族農業を重視する潮流の背景に焦点を当てる。無料ダウンロード 詳細

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