レポート

国際家族農業年で問われる日本の政策

2015年1月6日

2014年11月24日に立教大学経済研究所主催で開催された「国際家族農業年から始まる小規模家族農業の道ーフランス農業開発研究国際協力センター(CIRAD)の研究者を迎えて」(報告ページ)に続き、25日に参議院議員会館でフランスのCIRADの研究者と共に、院内集会が開かれました。国際家族農業年といってもそれが単なる啓発キャンペーンで終わってはならず、日本の農業政策、開発援助政策にも反映されなければならないからです。残念ながら直前に衆議院解散となり、議員の参加は得られませんでしたが、会議室がいっぱいになる状況で問題の重要さを感じている人たちの多さを感じさせるものとなりました。以下、その報告です。

はじめに

関根佳恵さん関根佳恵さん(愛知学院大学教員)
国連世界食料保障委員会(CFS)の専門家ハイレベル・パネル『食料保障のための小規模農業への投資』の執筆に日本から参加。専門は農業経済学。バナナ・ビジネス大手の多国籍企業ドール社の事業について調査・研究などにも携わる。

 2014年は国際家族農業年です。2013年6月に国連の世界食料保障委員会の専門家ハイレベル・パネルが『食料保障のための小規模農業のための投資』というレポートを出しました。

 今、国際社会には小規模家族農業への関心が非常に高まって、その意義を再評価する機運があるのですが、日本ではなかなかそうした動きが広まっていません。

 日本の中でも国際社会の動きを知ってほしいということで、このレポートは『人口・食料・資源・環境 家族農業が世界の未来を拓く−食料保障のための小規模農業への投資』という書名で翻訳・出版されています。本日は、この研究の指揮を取ったピエール・マリー・ボスクさんというフランスの研究者のご来日の機会に合わせて、日本の皆さんと国際社会の情勢を共有して頂ければと思っております。

 おとなりのジャン・ミッシェル・スリソーさんはピエール・マリー・ボスクさんの同僚で、同じく家族農業に関する本を出版されたばかりです。フランス語の他、もうすぐ英語版も出版される予定と聞いておりますので、日本語版もできればいいね、という話をしているところです。

 このお二人は世界中で家族農業に関するセミナーを行っている方です。お忙しい中、日本にも来ていただき、昨日は立教大学で講演会を行いました。

 本日の勉強会は、お二人が日本における家族農業、小規模農業が置かれている状況をぜひ知りたい、ということで実現しました。生産者が置かれている状況もそうですし、消費者団体がどういった運動をしているのか、という話をしていきたいと思います。

 日本の状況を話していただき、最後にフランスのお二人からコメントをいただく形で進めていきたいと思います。


家族農業を破壊するTPP

山田正彦さん山田正彦さん(元農林水産大臣)
元農林水産大臣。弁護士。司法試験合格後に五島で牧場を経営。次いで法律事務所設立。民主党鳩山内閣で農林水産副大臣、菅内閣で農林水産大臣。その間念願の農業者個別所得補償を実現する。TPPに反対し先頭に立って活動、現在に至る。
著書に『輸入食品に日本は潰される』(青萠堂)、『アメリカに潰される!日本の食―自給率を上げるのはたやすい!』(宝島社)、『中国に「食」で潰される日本の行く末』(青萠堂)、『小説 日米食糧戦争 日本が飢える日』(講談社)、『口蹄疫レクイエム 遠い夜明け』(KKロングセラーズ)、『「農政」大転換』(宝島社)、『TPP秘密交渉の正体』( 竹書房新書)、など多数。

 みなさん、こんにちは。昨日(11月24日)は広島の庄原でTPPの話をしてきたところです。その場には農水省の農政局の人たちも来ていました。そのなかで私は、「今年は国際家族農業年ではないか」「明日はフランスからピエールさんたちが衆議院議員会館に来て話してくれるそうだ」と話したところでした。すると、その農水省の人たちは「先生、私たちはいま、それとはまったく逆のことをやらされています。いかに大規模化するか、いかに企業に農業をやらせるかということばかりで、心痛いものです。TPPしかりです」と言っていました。

 2009年に民主党政権に交代し、私が農林水産大臣になったとき(2010年)、農水省の大講堂に課長以上の全員に集まってもらいました。このとき私は最初に、「日本のように中山間地域が7割という島国において、農業の大規模化、近代化という農林水産省の政策は間違いである」と話しました。同時に、「その間違いの象徴たるものは私だ。私は29歳の時に大型畜産で豚8,000頭飼って当時4億の借金を背負った。いま多くの大規模酪農農家がどれだけの負債を負って、どれだけ苦しんでいるか、わかっているだろうか? しかし日本でも、たったの6頭の酪農家が立派に利益を上げているケースがあるではないか。だから日本は、これからは小規模家族農業、これでこれから農業政策をやっていくんだ」と申し上げました。

 そして私は、これまで農業団体を通じて流していた数千億円の補助金を止めて、直接、農水省と農家の人たちとの間で契約をして、戸別所得補償制度を始めました。これはバラマキと批判されましたが、すべての農家に対し、小さな農家にも大きな農家にも平等な所得補償政策にしたのです。するとこれまでは右肩下がりだった農家所得は、たったの1年で17%増加したのです。若い人も、農業に戻ってくれるようになりました。実際、みなさんにも喜ばれました。これから先、日本も戸別所得補償制度を進めながら、同時に法案化した6次産業化を図り、作るだけではなくそれを加工して売るようにして付加価値を高め、農家が少しでも所得を増やせるようしていたのです。

家族農家を追い払うTPP

 ところが、ちょうどその1年後にTPPが突然、閣議で出されました。みなさんご存知のように、TPPはまさにアメリカ型の近代化です。農業について言えば大企業が主体となり、小さな農家は奴隷農業のように働かされるというような形です。種子にしても、例えばモンサント社の種子を買わなければ、自分のうちで残した種子をもう一度植えるということもできません。もちろん関税の問題でも日本の農業はだめになってしまいますが、これは関税だけの問題だけではありません。自給率は14%になってしまうと言われており、そのような大変なことを本気でやろうとしているのです。

 農水省もその準備として、近代化、合理化などと言いながら、もう一度、農地の集約を行おうとしています。自民党政権はTPPを進めるために、まず今年、戸別所得補償制度を半分にしました。今まで私の時には、米1俵(60kg)で1万5,000円の所得補償という制度で、それより価格が割れた場合、それに上乗せしていました。これを半分に減らした結果、庄原の講演会で価格を聞いた話では、8,000円になっていると言うんです。庄原で5段の棚田をずっと作り上げてきた70歳くらいの農家の方は、「山田さん、もう来年はやめます」という話をされていました。

 このようにどんどん農業をやめさせて、どんどん耕作放棄地を作らせる一方、3,000億円の農業予算をつけて大型農業生産法人や株式会社にその土地を取得させてようとしています。最終的には、まさに企業による農業の工業化というものをめざしているのです。しかし、日本は農地の7割が中山間地域の国です。たとえば昨日、私が行った広島の庄原のようなところは、あと10年、20年経てば、残念ながらイノシシとシカとサルの森に変わってしまうのではないかという思いがしています。

日本にも遺伝子組み換え耕作?

 これは食の安全という面においても大変な問題です。これまでなんとか家族農業をやっていたけれども、農業をやめようという動きが加速しています。北海道では、一年に6%くらいの勢いで酪農家が辞めている状況です。

 昨日、北海道からある30ヘクタールの小麦を作っている小麦農家の方がいらっしゃいました。その方は、アメリカのモンサントに呼ばれてアメリカに行ったそうです。以前は、アメリカでは「小麦は絶対に遺伝子組み換えはやらない」と言っていました。それは、家畜が食べる大豆やトウモロコシと違って、小麦は人間が食べるからです。それなのにいま、アメリカの小麦業界の会長が「私に小麦も遺伝子組み換えでやる」と言っていました。すでにモンサント社は北海道の農家を米国に招いて、盛大な振る舞いをして、自分たちがお金を出してやるから小麦のモンサントの遺伝子組み換えをやれという話がもう進んでいます。大変驚きました。アメリカはTPPのなかで、遺伝子組み換えの食品表示はしてはならないと、はっきり要求してきています。

 こうしたことからも、まずTPPを阻止することが大事です。いま一所懸命、「TPP交渉差止・違憲訴訟」の準備を進めています。一人2,000円で会員になっていただき、ぜひみんなで闘いたい。TPPは、憲法に定められた基本的人権や生存権(憲法25条)を脅かし、ISD条項により国の主権、立法主権も司法主権も失われます。さらに国民の知る権利(憲法21条)にも関わり、秘密交渉で協定締結後4年間秘密保持条項があるというのは大変な問題ですので、ここでなんとかしなければということで、みなさんに訴えていきたいと思います。

関連サイト
TPP交渉差止・違憲訴訟の会


生協活動を通じた家族農業・自然・食・地域を守る運動について

山本伸司さん山本伸司さん(パルシステム生活協同組合連合会 理事長)
日本生活協同組合連合会 常任理事、社会福祉法人ぱる 理事・評議員、一般社団法人互恵のためのアジア民衆基金 理事、NPO日本有機農業生産団体中央会 理事

 パルシステムは首都圏で約140万世帯が加入する生協で、年間の事業高はおよそ2,000億円です。パルシステムが進めている取り組みには「産直」、つまり農家と消費者を結ぶということが我々の運動の根幹にあります。

生産者と消費者の分断された関係を繋ぎ直す生協運動

 われわれ生協の立場からすると、スーパーマーケットのように低価格、かつ値札の価格だけでものを売る、つまり生産者と消費者を分断し、顔の見える関係を遮断して、お金だけで食べ物を手に入れるという行為、これがすべての問題の根源にあるのではないかと思います。まず、自分の食べるものをどこの誰が作っていて、どのように作られているかを知ることが非常に重要な消費者の権利と考えます。

 例えばお米について、パルシステムでは有機栽培米や、減農薬、減化学肥料栽培、つまり農薬や化学肥料の使用を削減したお米を予約登録で買う仕組みを作っています。田植え前に予め登録し、収穫後から1年間、登録者に届けられます。基本的には、年間を通して同じ価格で提供しますが、あまりに価格が変動するときは双方が話し合って変えていきます。現在では全体で約20万人を超えるみなさんが登録し、取扱量の約半数を予約登録で届けています。

 これによって、生産者は安心して作ることができ、農薬や化学肥料を削減することができます。天候不順によって大量に害虫が発生したり、何らかの危機が起きたりした場合には、あらかじめ生産者から情報が入り、消費者と議論しながら、栽培履歴や確認したことを変更することも認められるということになっています。

 日本の場合、有機栽培認証制度は非常に複雑で、しかもお金のかかる方式になっています。そのためパルシステムは、生産者に認証を受けるだけの経済的余裕がない場合、有機認証機関と独自に契約し、専門子会社(ジーピーエス)が認証するという仕組みを取っています。

 このような取り組みによってパルシステムは、お米全体で約3万トンを取り扱うまでになりました。しかし、それでも今年は、非常に危機的状況になっています。予約登録以外の5割を取り扱うカタログでの販売は、一般価格と比べてあまりに差が広がるとどうしても売れ行きが伸びず、苦戦してしまうのです。その打開策のひとつとして、お米の価値をどれだけ組合員や消費者に伝えることができるかがポイントになります。

食べるということは環境を体内に取り入れること

 価値を伝える活動のひとつが、交流体験です。田植えから始まり、草取り、それから収穫、冬の田起こし、といったようなことまで含め、年間延べ1万5,000人ほどが農家の元へ行き、交流しています。

 それから田んぼの生きもの調査という活動もあります。田んぼに生息するイトミミズなど小動物を調べるというものです。それを定期的に繰り返すことで、この田んぼと食べる人の親和性が高まります。つまり田んぼと仲良くなるということです。これにより、生産者が見えるだけでなく「田んぼで育てられたお米を自分たちの体に取り入れる」という考えが深まります。

 食べるということは、環境を体内に取り入れるということです。食べることの価値、命の価値というものを実感するということがそのお米の価値創造につながると考えています。

 そうでないと、ただの商品になった瞬間にどうしても価格で比較し、自分たちのお米は高いのではないかという疑問を抱くことになります。しかし、交流と生きもの調査と価値についての深い理解が産地との結びつきによって深化していくことで、ほかと比較しない、創造的な食が実現すると考えます。

消費者には食を通して自然を守る義務がある

 パルシステムでは「遺伝子組み換えにNO」との立場で、生産物に関する遺伝子組み換えの表示をしています。たしかに、日本では原料やそのまま食べるものに関しては遺伝子組み換えでないものを使うことができますし、条件つきですが主原料で使用している場合も表示によって選択できます。しかし調味料や使用が少量の副原料になると、これらには遺伝子組み換えの表示義務がありません。パルシステムでもできるだけ排除していますが、残念ながら完全には排除できないのが現状です。それについてはきちんと表示をして、消費者がわかるようにしています。

 規模の小さな生産者や日本の中山間地の農業を大切にするという点でいうと、私たちの生協には環境を守るという方針があります。生協はただ安ければいい、よりよいものをより安く、という大きな流れも一方でありますが、生協の組合員は森を守り、自然を守る、そのことが消費者の権利であると同時に義務であると考えています。

 たとえば北海道では、かつて酪農の土地を作るために原野を切り拓き、その結果、川や海が汚されホタテなどさまざまな海の生態系を崩壊に導きました。しかしこの60年間、野付漁協では、森を育て、川を育てたことで、魚介類や昆布などを復活させました。それを産直で私たちが買い、一部を森を守るための賦課金として産地に還元するという活動に取り組んでいます。

 また沖縄ではリゾート開発によって、サンゴが破壊されてしまいました。恩納村漁協では、地元のサンゴをいったん陸上に揚げて育てて増やし、それを再び海に戻すという活動を続けています。北海道の例と同様、私たちがもずくを購入すると、サンゴ復活のための賦課金を付けて還元しています。こうした取り組みによって、野付漁協や恩納村漁協では安定した漁業を実現し、いま後継者が増えつつあります。

産直の世界化と食・地域・環境を守る協働作業

 農村や漁村を守っていくためには、都市における消費者の自覚的な取り組みが必要です。それは決して倫理的な問題だけではなく、食べることの意味、おいしさの原点を知り、自然を守りその豊かさの恵みをいただくことで、消費者は本当に豊かな食生活を営むことができるようになります。こうした都市と農村の循環構造を生協が意識的に組み合わせていくということを、ひとつの日本のモデルとし、できれば世界へ広げていきたいと考えています。

 たとえば、オルター・トレード・ジャパン社(ATJ)とともに、フィリピンのネグロス島やルソン島におけるバナナの栽培に取り組んできました。それからタイなどにおけるバナナなどの産直活動も進んでいます。こうした形で、日本の産直の循環、生産と消費の連携、協働を、世界の取り組みの中に広げていきたいと思っています。

 いま政府は大企業、多国籍企業を導入して、日本の農業を多国籍企業の支配下に置こうとしています。その先端で協同組合の破壊、特に農協への攻撃が行われています。もちろん、私たちは農協についてすべてが正しいと思っているわけではありません。しかし、根本的にこういった農業地帯、漁業地帯の自立を保持している協同組合への攻撃は許されないものです。多国籍企業や新自由主義を支援する政策にはきちんと対抗し、すべての協同組合の仲間や市民団体とともに家族農業を守り、豊かな地域社会、自然との共生を守っていきたいと思っています。

関連サイト
パルシステム


地球市民皆農運動へ

斎藤博嗣さん斎藤博嗣さん(一反百姓「じねん道)
2005年東京から茨城の農村へ移住。一反百姓「じねん道」の屋号で、妻と子供2人の家族と共に世界一小さい百姓(One Field Farmer)を実践中。農的ワークライフバランス研究家、T&Tオルタナティブ研究所研究員。福岡正信著『緑の哲学 農業革命論~自然農法 一反百姓のすすめ~』(春秋社)の編者。

 2005年東京から茨城の農村・阿見町へ移住し、一反百姓「じねん道」の屋号で、妻と子供2人の家族と共に世界一小さい百姓(One Field Farmer)を福岡正信・自然農法で実践しています。

 国際家族農業年に関連する、フォーラムに聴衆として、イベントにはトークゲスト及び出展者として参加しました。
・2014年9月18日東京、「“小さな農の”のあり方」~国際家族農業年に考える~ 食糧フォーラム2014 JAとNHK主催、農林水産省後援
・2014年10月19日東京、「土と平和の祭典2014」種まき大作戦実行委員会主催、NPO法人全国有機農業推進協会共催、農林水産省後援 

農民とともに生き、農民から学ぶ姿勢が必要

 私は2つの集いの方向性に注目しています。消費者でしかなかった都市生活者が、農へ回帰する視点を持ち始めていること。また逆に農村側でも新たな農や地域の担い手として都市住民を多様な形で積極的に呼び込む動きが加速しています。生活の中に少しでも農的生活を取り入れ、ライフスタイルを転換しようとする多くの若い世代からも、社会変革の一つとして農を捕らえる機運が高まっているように感じます。

 私の一反百姓としての視点。世界に視野を広げれば、持続可能な家族的小規模農業は、食糧を確保するだけではなく、生物多様性の保全をはじめ、未来世代の地域や地球環境にも貢献しうる暮らし方であることが認識され始めています。農民を支援しようという目線ではなく、各国で家族農業を実践し、生きる上で本当に必要なことを身につけている農民とともに生き、農民から学ぶ姿勢が必要なのではないでしょうか。

 私たち一反百姓「じねん道」は、2005年の新規就農以来、在来種、固定種の種子を大切に自家採種しながら、在来大豆や古代米を栽培したり、切り出した薪を燃料に、杵や臼で手作りした味噌や黄な粉などの農産加工品を販売してきました。

 しかし、2011年原発事故以降、自然農法の農産物をお客さんに喜んで頂く農業をこれまで通り営むことが、「じねん道」の伝えたいメッセージなのか、自問自答を繰り返し夫婦で話し合いました。あらゆる難問は人間がつくりだした問題であり、世界中の皆が土に向かい、農にたずさわり、本気になって種を蒔いたら、永続的に問題が解決できるという思いに駆り立てられました。

 私たち「じねん道」は自然農法を実践しながら、10年かけて家族みんなで自家採種した種を販売することを通して、Everyday Greenpic 「百姓は毎日が緑の祭典」をスローガンに、「国民皆農運動」を展開しています。

画家になるより、画中の人に

 19世紀、暗い室内で静物画を描いていた画家の中から、印象派の画家たちが光のある郊外へ飛び出して、自然そのままの風景や働く農民達を、尊敬の念を持ってキャンバスに描いたことは、当時は革命的なことでした。私たち「じねん道」の先生、自然農法の創始者・福岡正信さんは「画家になるより、画中の人になろう」とおっしゃっていました。「画家になって外側から農民を描くのではなく、みずから耕すものになれ」ということです。ミレーの「落穂ひろい」、ゴッホ「種まく人」の画の中の農民になろう。

 「D’où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?」 
 「我々は何処から来たのか? 我々は何者か? 我々は何処へいくのか?」
 この言葉、ポール・ゴーギャンの描いた絵画の命題に答えるものとして、「我々は土から生まれ、我々は土に育ち、我々は土に還る」。
 国際家族農業年を機に、一人一人が「新しい農民」に、世界市民として参加する「地球市民皆農運動」を提案します。

関連サイト
一反百姓「じねん道」


日本の農民運動から国際家族農業年、国際連帯を考える

真嶋良孝さん真嶋良孝さん(農民運動全国連合会副会長)
国際的農民運動を展開するビア・カンペシーナの日本組織・農民運動全国連合会の副会長。著書に『いまこそ、日本でも食糧主権の確立を!』本の泉社、2008年、『食料主権のグランドデザイン』(共著)農山漁村文化協会、2011年がある。

 農民連は第二次世界大戦前の土地を耕す農民の小作争議と戦後の農民の闘いを受け継いで組織を作りました。今年で設立25年になります。

 私たちは家族農業経営の自立的発展をめざすことと安全・安心な食料を日本の国民に供給することを大きな目的に運動しております。

 私たちの戦略的課題は大きく分類して4つあります。
 1. すべての農民階層を対象にして運動すること。
 2. 日本農業の自主的な発展を求めること。
 3. 国民諸階層との連帯を追求すること。
 4. 国際連帯を追求する。
 これらの問題を説明しながら、今、日本の小農民、家族経営が直面する課題について意見を述べます。
 

大企業に狙われる農地、世界的規模での農民追放

 第一の点、すべての農民階層といっしょに運動するということです。日本は歴史の古い国ですけれども、今のように大多数の農民が自作農、家族経営になってから、まだ65年の歴史しかありません。私は65歳なのですが、私が生まれた年が農地改革の終わった年でした。

 農地改革のポイントは戦前の半封建的な寄生地主制度を解体して、農地はそれを耕す農民自らが所有する原則を確立したことでした。同時にこれは新しい地主を作らないという意味でも大事なことだったと思います。新しい地主階級というのは言うまでもなく資本です。特に今の農地制度では株主会社による農地の取得や利用を厳しく制限していますけれども、これは日本の農地改革制度の特徴だったと思います。おそらく世界を見てもここまで徹底した規制をやっているのは日本だけだと思います。

 この原則に対する攻撃が今、極めて熾烈になっています。安倍政権と経団連、あるいは経済同友会などが日本の家族経営を規模が小さすぎる、効率が悪い、あるいは老人農業だと攻撃し、戦後の農地改革の負の遺産だとまで言って、農業の戦後レジームである農地制度を解体し、企業に農地を開放する、言ってみれば、企業のための農地改革、とも言うべきことが今たくらまれています。

 日本資本主義の一つの側面は土地投機を事とする土地資本主義で、とても行儀の悪い資本主義だと思います。もし、資本に農地を開放してしまうと、ごく一部の農地で工業的農業をやるでしょうけれども、大部分の農地は投機にさらされ、やがては耕作放棄され、あるいは産業廃棄物の捨場になってしまうことは間違いのないと私は思います。

 実は農地改革は農地所有の上限を3ヘクタールまでに限定し、均一的な小農を作ることにしました。私たちがすべての農民階層を対象にして運動をするという根拠はここにあります。65年たって、そうとう大規模な農家も出現しています。現に農民連のメンバーの中にもたとえば千葉で100ヘクタールというメンバーもおりますし、北海道でも大規模な酪農も展開している。

 私はかつてのように大規模な農家と小規模な農家が対立するというのは日本では本質的な問題ではなくて、やはり資本と農民の対立、あるいはこの政権で言えば、資本・政府と農民の対立、これが対立の主な側面だろうと思います。

 アメリカの農村社会学者、F・アラーギは「世界的な構造再編と市場自由化のもとで、ナショナルなレベルでの階層分解が問題なのではなく、むしろ世界的規模での農民の追放が焦点になっている」と言っていますが、私はまったく同感であります。

もはや自給率ではなく輸入依存率と呼ぶべき

 2点目の日本農業の自主的な発展ということですが、対米従属の戦後政治の下で土地利用型の農業、たとえば麦、飼料穀物、大豆などがアメリカの余剰穀物の受け入れのために、安楽死させられました。代わりにアメリカの穀物を使った、いわば加工型畜産、それから野菜や果実などの園芸農業に特化させられてきました。私はTPPというのは最終的な日本農業の解体政策だと思います。

 これは農水省の試算ですけれども、TPPのもとで日本のカロリーベースの自給率は39%から13%に下がる、さらに試算してみたのですが、穀物自給率は3%くらいに下がってしまいます。ヨーロッパの人たちを前にこれを自給率と呼ぶのは恥ずかしい気持ちがします。39%の自給率ではなくて、61%の輸入依存率と呼ぶべきだというのが正しいのではないか、というのがフランスなどからの忠告でした。日本は今、1日3食のうち2食を輸入に頼るといういわば買い食い民族にさせられているわけですが、これが13%になりますと、3日のうち8食は輸入依存ということを意味します。

 すでに日本人はたっぷりアメリカ産の遺伝子組み換え作物のモルモットにされていますし、日本の消費者の食に対する不安には大きなものがあります。

 日本の人口は世界の2%にあたります。2%の人口の日本が世界に出回る農産物の10%を買い集めている。「世界がもし100人の村だったら」のたとえでいいますと、100人の村のたった2人が村の市場に出回る10人分の食料を買い集めていて、その結果15人が飢えている、子どもはそのうち4、5人が飢えているという状況になります。こういう状況は耐え難い、日本で生きるものとしてこういう事態を打開していくのが本当の国際連帯だと思います。

世界化始めたSanchokuと国際連帯

 3点目の国民諸階層との連帯ですが、私たちは3つの分野で活動しています。
1つは産直提携の運動です。日本では農民と生協がさまざまな議論をして産直を始めましたが、間違いなく、その源流の1つは私たちが担ったと自負しております。国連世界食料保障委員会の専門家ハイレベル・パネル(CFS/HLPE)報告は、アメリカのCSA、フランスのAMAPとならんで日本の産直を高く評価して下さっています。アジアのビア・カンペシーナの中でも相当産直を宣伝したのですが、アルファベットの”Sanchoku”が少しずつ定着し始めています。

 アメリカやヨーロッパの学者さんたちの方の研究を読んでみても「生産者と消費者の結びつきの回復」を多国籍企業の食料支配に対抗する「民主的な食料レジーム」の不可欠の前提として強調しています。私はよく「たかが産直、されど産直」と言うのですが、私たちはそういう運動に力を入れています。

 2つ目は労働者や女性、消費者の方たちと協力して、24年前に「国民の食糧と健康を守る運動全国連絡会」、略称食健連を立ち上げて、TPPはもちろんいろんな場面で活動しています。

 3つ目に、私たちは農民連食品分析センターを立ち上げました。遺伝子組み換えの分析もできるようになりましたし、3・11の後は放射能の測定をできる機器も購入しました。それらを通じて中国産のほうれん草の残留農薬を告発したのも私たちでしたし、どこからもひものつかない、市民社会からだけカンパをいただいて市民社会のための分析活動としてやっています。

 最後に国際連帯の問題であります。ビア・カンペシーナに加盟しておりまして、さまざまな活動で連携を強めておりますけれども、つくづく私が感じますのは日本のような国で農民運動をやるのは結構大変でして、農民は孤立しがちですけれども、国際連帯の中で私たちが得た確信や勇気は大きなものがありました。

 国際家族農業年は1年限りですけれども、今年をスタートに、小規模農業・家族農業がその役割を未来永劫にわたって発揮しつづけることができる世界をつくるために奮闘したいと思います。
 ありがとうございました。

Globalize Struggle!
Globalize Hope!

関連サイト
農民運動全国連絡会 http://www.nouminren.ne.jp/index.shtml
国民の食糧と健康を守る運動全国連絡会 http://www.shokkenren.jp/shokkenrentoha.html
農民連食品分析センター http://earlybirds.ddo.jp/bunseki/


ODA戦略から見る日本の農業政策
−プロサバンナ事業からODA大綱見直しへ

森下麻衣子さん森下麻衣子さん(オックスファム・ジャパン  アドボカシー・オフィサー
慶応義塾大学法学部法律学科卒業。外資系投資銀行を経て、国際交流を手がけるNGOの開発教育プログラムに従事。2010年より現職。途上国の貧困問題にまつわる様々な政策課題について、日本政府へのアドボカシー(政策提言)やメディアへの情報発信を担当。主な担当分野は、食料、農業、土地収奪、気候変動など。2012年末よりモザンビークにおける日本の大規模農業開発事業であるプロサバンナに関する調査提言活動に他団体とともに携わる。

 オックスファムは世界の貧困問題や途上国支援などに取り組むNGOです。私は主に食料問題と農業、気候変動の分野に関する調査・政策提言を担当しています。ODA政策から見た日本の農業政策の問題を話してみたいと思います。

公的資金に変わる官民連携

 今はODA先細りの時代とも言えます。日本をはじめ、先進国で続く財政難、経済が停滞していている一方、新興国が台頭してきていますが、先進国のODA増額の見通しは非常に暗いと言わざるをえないと思います。その中で新たな資金源を探そうという動きが生まれ、途上国内で財源を確保しようとしたり、あるいは新たな財源としての金融取り引き税の議論が生まれたことなどが出てくることも象徴的なのではないかと思います。気候変動の分野でもまったく同じです。いわゆる公的資金だけで気候変動対策といっても限界があるので、どうやって民間資本を導入しようかという話になってくる。

アフリカ農業開発と「PPP」ブーム 民間の資金の導入、官民連携が強化という流れがあります。海外ではPPP、Private Public Partnershipsと言われます。こうしたトレンドは世界的に言えることでたとえばG8でPPPは盛んに推進されています。

 ちょうど2年前のキャンプ・デービッドのサミット、2012年に食料安全保障と栄養のための新しい同盟(ニューアライアンス)が立ち上げられました。これは、G8諸国とアフリカのパートナーを指定し、目標としては貧困削減を掲げていますが、その手法はあくまでも官民連携で民間の農業投資を増やすために官、つまり政府は民間企業のための政策環境整備を行なうということがメインになっています。このパートナーシップを結んだアフリカの国はそのG8諸国との合意に基いてたとえば種子や土地に対する海外からの規制をなくし、海外からの農業投資を入りやすいように制度を変えていくという流れになっています。

 このG8ニューアライアンス以外でもこのPPPがトレンドになっています。これはオックスファムが9月に発表した報告書ですが、アフリカで行われている農業開発にまさしくPPPのブームが来ていることを示す地図になります。各国でニューアライアンスが導入されているパートナーシップを結んでいる国にはエチオピアやタンザニアもあります。これ以外にも、いわゆる回廊開発というのがあります。幹線道路だったり、昔の鉄道だったり、その中心を開発していく。モザンビークのナカラ回廊開発も、そこのインフラ整備だったり、環境を整えることで民間の投資を呼び込んでいこうという形を取り、使われるレトリックは似たものになっています。

 米国などの農業大国が押しているだけではありません。日本もこの一端に関係しています。

プロサバンナ事業ー日本の農地の約3倍の地域に大規模輸出向け農業

プロサバンナ事業 プロサバンナ事業は日本とブラジル、モザンビークの三角協力による農業開発プログラムで、北部のナカラ回廊地域の農業開発をめざすものです。この地図の緑の部分がプロサバンナの対象地域となっています。全部で1450万ヘクタールという面積になり、日本の全農地の約3倍ですので、いかにその規模が大きいかをわかっていただけると思います。

 この事業は1970年台に20年間にわたって日本の支援で行われたブラジルのセラード開発、これによってブラジルは大豆の一大輸出国となっていくわけですけれども、これをモザンビークで再現しようというのが当初のコンセプトでした。そのためにこのナカラ回廊一体を農業開発して、民間の資金を入れて産業として育成させてこのナカラ港からアジアへと大豆を輸出していくという話でした。

 当初日本としてはこれはまさにWin-Winのプロジェクトだということで、モザンビークの農業開発にも資するけれども、日本は大豆の輸入先の多角化を図ることができると言われてきました。 このプロジェクトは農業開発だけではありません。このナカラ回廊開発という中味を見てみますと、ここにODAの円借款の事例があげられていますが、ナカラ港の改修工事に約79億円、道路の改修工事のために120〜30億円の円借款プロジェクトを組んでいます。日本とモザンビークの間に投資協定に調印して、今年1月には安倍首相が訪問して、700億円の支援を約束するなどの動きがあります。

プロサバンナ事業が抱える大きな問題

 しかし、プロサバンナ事業は大きな問題を抱えています。モザンビークの農民はほとんどが小規模家族農業なのですが、2009年にこの事業の政府間合意がなされて以来、彼ら農民との対話や協議は一切なしでこうした大きな事業が進んでしまっていました。政府間合意からようやく2年たってはじめて、現地の農民組織はこの話を聞いたわけです。自分たちに何の相談もなく、こんな話を進めているのはどういうことだ、ということでいろんな批判や懸念の声があがるようになってきます。

 現地の農民団体はこうした農業開発のあり方は私たちが望んでいるものではない、と安倍首相への事業差し止めのための公開書簡を出しました。それにはUNACという農民団体、もっとも歴史のあり、もっとも大きな農民団体をはじめ、さまざまな市民団体がこの公開書簡に署名をし、この事業の一時停止と抜本的見直しを要求するに至りました。

 それから対話が続けられてはいるのですが、なかなか話が進まないというのが現状です。

農民が必要としているものは何か? 

 私はこの事業へのモニタリングに参加して2年くらいになりますが、2回ほどモザンビークの現地を訪問しました。この事業はさまざまな問題を抱えてすべてを短い時間で説明できないのですが、大きな論点として事業対象地における深刻な土地収奪の問題があります。そもそもプロサバンナ事業は環境整備をしてそこに民間投資を呼び込むというもので、ずっとインフラの工事などが進められてきて、こういったことに民間企業は敏感に反応しますから、実際に投資は多く流入しています。大規模な農地をモザンビーク政府が国内外の大企業に貸し出しをする中で現地の農民たちがきちんとした説明もないまま土地を追い立てられているという問題が実際に発生しています。

 農業開発事業として本来であれば最大のステークホルダーである現地の農民たちの声を聞きながら進めなければならないのに、こうした対話がされていない。

 最近はこうした批判に対して、日本政府もかなり言うことを変えてきていまして、プロサバンナ事業というのは実は「小規模農家支援です」というわけですね。もともと言ってきたこととかなり違うことを言うようになりました。それ自体はひじょうに喜ばしいことなのですけど、どうもこのプロジェクトのパートナーであるブラジル側との足並みは揃っていない。パートナーのブラジル政府にとっては事業で進める際に、機械化され工業化された農業のあり方が念頭にある。

 プロサバンナ事業で日本政府が言っている小規模農家の支援の中味も、契約栽培に非常に偏りがあって、グローバルなマーケットにつなぐことが小農か支援なのだというビジョンでやってしまっています。

 こうしたプロサバンナ事業が提示している課題に対して、現地の農民団体を昨年2回ほど招聘して、議員会館でも勉強会をやり、さまざまな議員の方々にお話をして回りました。その際にとある議員に、「それでは君たちはどんな支援を望んでいるのだ」と質問されました。それに対してこの農民団体の人は明確な答えを持っていました。

 「モザンビークの小規模農業にはインフラが足りていない。けれども、一番必要なのは自分たちの食料を奪い、海外に輸出するための港であったり、道路ではない。必要なのは小さな村と村の市場をつなぐための道路であったり、持続可能な環境負荷の低い農業を行うための小規模な灌漑設備だ。また毎年タネを買うことを強いられる遺伝子組み換えの種子を導入されるのではなく、小規模農家自身が選んで守ってきた伝統品種、固定種など有用な種子を残し、保存していくためのシステムを作るための支援が必要なのだ」ということでした。

 まさにそこで言われていることはこの集会に集まられている方たちが実践しているような小規模家族農業でうたわれている内容だと思います。

政府が進める官民連携企業型農業ー企業中心開発

 このようにいうと、プロサバンナ事業のようなものは日本だけではなくて他の国もやっているじゃないかと言われることがあるのですが、それは確かにそうで、実際にモザンビークの土地収奪に直接あからさまに関わっている企業に日本企業は今のところいません。

 ただ一方で、こういう方向性は日本政府が明確に打ち出している問題で、たとえばこれは2013年2月28日に行われた当時の岸田外務大臣の外交演説ですが、「諸外国の活力を取り込んでいくため、ODAや、在外公館をも活用しつつ、地域の中小企業も含めた日本企業や自治体の海外展開を積極的に支援します。さらにエネルギー・鉱物資源・食料などの安定的な確保のため、供給国の多角化なども含め、「資源外交」を強化します」と述べています。

 昨年開催されたTICADでも安倍総理大臣がアフリカに必要なのは支援ではなく投資なのだ、農業分野でもそうなのだと言っています。

 「いま、アフリカに必要なものは、民間の投資です。それを生かす、PPP、すなわち官民の連携です。これを、新たなリアリティとして認めると、アフリカ支援のやり方は一新しなければなりません」(安倍首相のスピーチ)

 今、ODA大綱の見直しの議論も行われていますけれども、ODA大綱の中でも、今までは貧困削減のためには教育や保健医療分野での協力がうたわれていたのに、現在は経済成長を実現するための官民連携が打ち出されていますので、これは明確な方針として政府によって打ち出されているものだと理解できると思います。 

国内の農業問題と発展途上国の支援をつなげて考えることの重要性

 オックスファムは国際協力NGOとして食料問題に取り組んできています。世界の飢餓人口の中の約6割が小規模農家だと言われています。やはりこのこと自体が、私たちの世界の食料システムが何かおかしいのではないか、ということを物語っていると思います。小規模農家支援を私たちも打ち出しておりまして、やはり貧困削減のためには食料の増産だけが解決ではない、今も十分に食料は生産されているわけですから、食料の増産で問題が解決できるのであれば、すでに飢餓問題は解決されているはずです。飢餓状態で苦しむ人たちがどのように食料にアクセスできるかということに着目して、食料政策や農業政策を展開していく必要があると考えています。

 こうした場を私はとても楽しみにしておりました。国内の農業政策に取り組んでおられる方たちはもちろん足下のことが大事なので、国内の問題に取り組んでいる。一方、日本の外交戦略、ODA戦略を議論している人たちはなかなか日本国内の農業の足下のことが不得手というか、視点を置くことができていない。この2つの議論の中に断絶があるように感じております。でも、これはコインの表と裏のことだと思います。

 つまり日本国内の農業を守るということと世界の途上国で起きていることとは関係があるわけです。この関係性、連帯を通じて、それぞれ1つ1つ小さな取り組み、多様な取り組みを、面としてつなげて、広がりをもたせるために、ぜひみなさんといっしょにがんばっていきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

関連サイト
オックスファム・ジャパン http://oxfam.jp/



ピエール・マリー・ボスクさんピエール・マリー・ボスク(Pierre-Marie Bosc)さん
フランスの農業開発研究国際協力センター(CIRAD)の上席研究員。サハラ砂漠以南のアフリカにおける農業イノベーションや農業開発に関する研究を中心に手がける。2005年には、農業生産者組織が自然資源の管理において果たす役割について、著書を発表。これまで、家族農業とグローバリゼーションに関する研究プロジェクトに複数、参加している(1998年、2002~2004年)。国連食糧農業機関 (FAO)、国際農業開発基金(IFAD)およびフランスが連携して組織する世界農業ウォッチ(World Agricultural Watch International Initiative)の立ち上げに関わり、現在はその科学者コーディネーターを務める。2013年に国連世界食料保障委員会(CFS)の専門家ハイレベル・パネルルが発表した報告書『食料保障のための小規模農業への投資』の執筆では、研究チームの代表として指揮をとった。

 大変充実した内容のご報告をいただき、ありがとうございます。

 まず、農業は他産業のような単なる経済活動ではないということを強調する必要があると思います。そして他の経済活動と比べてはいけない、特別なものなのです。というのは、農業は環境と密接に関わっていて、先ほど山本さんが言われたように、食べるということは環境を体内に取り入れるということですので、このように人間と密接な関係にある経済活動は他にないと思います。

 このように農業の特殊性を重視しますと、やはり、生産するという行為と社会との関係がひじょうに重要だと考えます。

 農業の近代化が進み、どんどん画一化されたものをたくさん作る。さらには、人間が食べるために作るのではなくて、加工食品企業のために作られるものが増えました。生産者から直接消費者に行くのではなく、加工する企業の手を通って市場に行くという流れができてしまい、もともとあった生産者と消費者のつながりが切断されてしまいます。

 このようなシステムができあがって、生産者と消費者との顔の見えない農業のシステムができています。それには限界が来ていることも、ここで確認できると思います。確かにそれは効率がよいと言われてきたかもしれないけれど、それが効率がいいと断言するためには、そこで発生するさまざまなコストを無視しなければならなくなります。

 たとえば環境破壊という大きなダメージ、そして失業、そのような問題が出ています。今までは、このような社会的コストを計算せずに効率がいいと言っていたのにすぎないのです。ですから、現在の食のシステムは本来的に効率がいいものとは言えません。

 さまざまな国々でいろいろな問題が出てきています。みなさんのご報告の中にもあったように食の安全の問題、たとえば狂牛病の問題とか、食の衛生の問題が出てきています。そして環境破壊も進んで、水の汚染も起きていて、飲める水にするためには様々な化学薬品を入れるなどの処理をしなければならない現状がある国も多く発生しています。昨日の会に参加された方は覚えておられると思いますが、やはりパラダイムシフトが必要だと思います。

 このパラダイムシフトは、やはり生産者と消費者を結ぶ「つながり」を再生させるということが大事だと思います。そのことを考える時に、日本の提携というのはひじょうに興味深い事例だと思います。

 最後に森下さんのご報告にあるように、北と南の問題に分けて考えることはできないです。北の国々と南の国々の条件は違うとしても、切り離して考えることはできません。なぜならば、その背景にある経済のシステムは北でも南でも同じシステムだからです。日本でもEUでもモザンビークでも同じ経済のシステムがあります。やはり政治家たちもこのことを理解しなければなりません。

 私たちはこの報告書の作成にあたって、まず最初に南の国々に絞って考えるのか、それとも北の国々も南の国々もいっしょに考えるのか、という議論をしました。その時の結論は、小規模農業に投資するかしないかは決して南だけの問題ではないというものでした。

 現在は企業によるグローバルなモデル、世界規模のモデルがありますが、これは今後もずっと使い続けなければいけない固定的なモデルではなく、政策を変えればモデルを変えることができますし、農業の方向転換をすることもできます。

 小規模農業をやっている人たちがそれで生計をたてられるようになるような政策を執っていけば、農業のあり方も変わっていきます。もちろん小規模農業を衰退させていくような政策を取れば衰退していくでしょう。ただし、小規模農業をサポートするような政策を取れば新しい食のシステムを作り出すことができます。

 そして、それはきっと今日の話にもあったように農村部、都市部以外の地域と都市部をつなげる食のシステムになるのではないか、とみなさんの話を聞きながら思いました。

 小規模家族農業では労働が非常に重要で、労働にどんどん投資しなければなりません。家族の世帯主だけが働くのではなく、家族のメンバーも労働に加わることになります。

 社会保障においても、農家を守るための社会保障システムが必要だと思います。農家のための社会保障のためには、集団的投資という考え方を取ることが重要です。われわれの報告書の中でもそのような社会保障制度が職の保障、食料の保障にもつながると書いています。

 よくこの社会保障等は国家予算に負担をかける要素として考えられますが、そうではなく、これは一種の社会への投資だと考えて、農業を社会的に守るための社会保障制度にしていくことが提案できることだと思います。

 私が卒業した大学で農業を教えていた教授が、19世紀の最後の方に発言された言葉を引用して、「農業とは地域の科学だ」と言いました。1つのモデルを作っても全国で通用することはないし、同じ行政区域でも通用しないかもしれません。農業においては、それぞれの地域の状況、自然環境、その地域の生態系をよく知るために投資をする必要があります。今までのような化学、化学薬品を中心に進めてきた農業ではなくて、生物学をもっと重視した農業が重要だと思います。やはり生態系をみんなが十分に理解できる、それぞれの自然環境を理解していくことができるように投資していく必要がありますし、知識を増やしていくためにも、「地域の科学」に投資していく必要があります。



ジャン・ミッシェル・スリソーさんジャン・ミッシェル・スリソー(Jean-Michel Sourisseau)さん
フランスの農業開発研究国際協力センター(CIRAD)の上席研究員。社会経済学者。家族農業とその戦略やパフォーマンスについて研究している。編著書『家族農業と来たるべき世界』が、その英語版『Family Farming and the Worlds to Come』とともに近刊予定。

 まずみなさんの報告でいいと思ったのは、みんさんが「農業の工業化」に対して危機感を持っていて、それを共有できていることです。そしてそれが限界に来ているということもここで共有できている。ここにいるみなさんはそれを意識しながら、それぞれの現場でがんばっているというのが目に見えてうれしくなりました。

 パルシステムのご報告にあった提携のモデルは、ひじょうに良いシステムでどんどん広げることはいいことだと思います。それを日本の外にも持っていくということは有効だと思います。

 斎藤さんのお話にあったように農業が芸術とか暮らし方ともつながってくるというのはいい話ですね。その体験をこれから話して、書き留めて、そして発信してほしいと思います。

 今年は国際家族農業年ということですが、この家族農業という概念が広められたのは国連組織だけでなく、市民社会の役割がとても重要でした。この家族農業の概念を生かしてくれたのは市民社会です。これは社会の変化としても捉えることができると思います。農家の方たちもよりハイレベルな場で発言できるような立場になってきていますので、地元の農家のコミュニティとハイレベルな場で意思決定する人たちとのリンクを作ることができます。

 関根さんのお話にもありましたが、2014年というのはスタートなので、これがきっかけで新しい社会のあり方、新しい市民社会のあり方を発見することができるのではないかと思います。これは、いろいろな場面で市民社会が発言をしたり、他のステークホルダーと交流したりするチャンスが増えて、市民社会が会議を開けば人が集まってくるということを示していると思います。

 森下さんのご報告にあった「農業の工業化」と関連して、マダガスカルの土地収奪のケースについてお話したいと思います。マダガスカルでは、大規模農業でも農地面積は3000ヘクタール以下に制限されています。というのは大規模農業には大きな問題があって、失敗することも多くあります。

 大規模農業に対抗していくという姿勢も大事ですけれども、同時に大規模農業の成功と失敗をきちんと記録することもひじょうに重要だと思います。成功する時もあれば失敗する時もあるので、大規模農業が失敗した例というのは小規模農業を推進するときにチャンスになります。というのは農業に必要なのは巨額の資金だけではありません。農業はひじょうに複雑な科学で、そこには天候、土地の特殊性、現地のコミュニティ等、さまざまな要素がからむのですが、時に大規模農業をやる人はそうしたことを理解していないので、失敗することがあります。

 森下さんのご報告と関連するのですが、国家が自国の中で、もしくは外交の中で違う政策を行うことがあります。自国の中でも外でも同じ政策を取ることもあります。ブラジルの場合、アフリカでは大規模農業を推進しようとしています。しかし、ブラジル国内では家族農家をサポートする政府です。ひじょうに複雑な問題です。
 
 私たちの関心は、農業の生産の面に集中しすぎてしまっているのかもしれません。私たちはともすると、「食品加工というものは、もう私たちが触れられない領域になってしまった」、「そこは企業がやるものだ」というふうに思ってしまっているかもしれません。「食品加工やマーケティングは企業にまかせるものだ」、「企業に取られてしまった」と考えてしまっているかもしれませんが、グローバルなシフトがあればそこにはもしかしたら、小規模の家族経営のビジネスの可能性もあるかもしれない。それは食品加工を行う小規模家族経営の会社かもしれません。

 先ほど種子を取り戻して自分のところで自分の種子を使えるようにするという話がありましたし、生産者と消費者を直接つなぐ話もありました。そういう話の中で食品加工をしていく小規模家族経営の会社の可能性にも注目していく必要があるかもしれません。


 
山田正彦さん
山田正彦さん
 日本の経済学者・宇沢弘文先生が亡くなられました。宇沢先生が亡くなる三日前にTPPのことを大変心配なさって、訴訟について自分もよびかけ人になるというご連絡をいただきました。宇沢先生が言っておられたのは、「農業や教育、環境、水、空気等は新自由主義、いわゆる市場原理ではだめなんだ」ということでした。
 その意味では、今日ピエールさんの話にもありましたように、いわゆる社会保障、農家に対する所得保障―「人に対する投資」という言い方をされましたが―が重要だと思います。私もフランスに行ってみて、所得保障があってはじめて、家族農業がやっていけるということが分かりましたし、やはり、われわれにとってそれがとても大事だと思っているのです。
 私のいなかは五島列島の小さな漁村ですが、そこの漁民の人は「一畳の畑があれば4〜5人家族のが一年間に必要とする野菜を作ることができる」と言います。本当にそうかなと思いますが、実際にそうやっているというのです。その時に必要な野菜をその都度収穫して、収穫したらタネを撒くという形でみなさんやっています。日本人はこうやって知恵を出して、生きてきたわけです。そうしたことは可能なのです。
 最後にお願いしたいのは、TPPを阻止しなければ日本の家族農業も日本の農業もなくなってしまうと思うので、みなさんにも訴訟に参加していただければと思います。よろしくお願いいたします。ありがとうございます。


写真提供:奥留遥樹さん

録画記録 都市生活者の農力向上委員会

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