ネグロスに迫っている新たな“危機”
自由貿易体制における小規模生産者と消費者の連帯の意味
オルター・トレード・ジャパンの新たな挑戦
上田誠(オルター・トレード・ジャパン代表取締役)
1985年の世界的砂糖価格の暴落によって始まったネグロス島の「砂糖産業の崩壊」は、底辺のひとびとすべてが飢餓と貧困にさらされ苦しむという大きな“危機”を発生させました。1980年代後半、フィリピン・ネグロス島は飢餓に襲われました。国際的な市民による緊急支援の中から、「援助ではなく事業」による自立を選択したネグロスの人びとと、現在のマスコバド糖やバランゴンの民衆交易がスタートすることになり、オルター・トレード・ジャパンも生まれました。
あれから28年、いまネグロスは、再び苦難の危機を迎えるかもしれない瀬戸際に立たされています。
迫る食と農/社会の危機
2015年、アセアン自由貿易協定により砂糖の関税が5%まで引き下げられました。「自由貿易」が事実化され、タイの「安い」砂糖がフィリピン市場に流入してくることでしょう。この展開に怖れを抱いた農園主たちはサトウキビ生産に見切りを付け、はやばやと農園労働者を解雇しようと考え始めています。
また、ミンダナオでバナナを生産しているドールなどのアグリビジネス企業たちが、これらの農園主の不安を見越して大規模な農地のリースや買い取りなどの話を持ちかけ、すでにある地域ではパイナップルの大規模生産が始まっています。これまでネグロスにはなかったプランテーションによる新たな農薬汚染が心配されます。
ネグロス島は前の州知事が「GMOフリーの島」宣言を行っています。ところが水面下では、積極的にアグリビジネスを迎え入れるために、この宣言を反古にする話が持ち上がっています。
これまで、失業した農園労働者に仕事を産みだし、零細な開拓農民に新しい現金収入の道を開き、地主や企業に支配されない民衆のための地域経済を作り出した「バランゴンバナナ」が、これから大量の農薬やGMO作物に取り囲まれるかもしれないという悪夢のような“危機”が迫っています。
食の危機は健康・命の危機
もちろん、“汚染”されるのはバランゴンバナナだけではありません。ネグロス島に暮らす市民、農民、そして子どもたちの身体と健康がおびやかされるのです。実際に、ネグロスで消費される大豆の多くは米国やアルゼンチンから輸入される遺伝子組み換え大豆であり、トウモロコシはフィリピンでの地場生産がかなりの割合を占めていますが、GMトウモロコシの生産も増えています。
GM作物に大量に使われる農薬がさまざまな慢性疾患を作り出している可能性が指摘され、GM作物の生産が集中している米国では、GM登場以来、慢性疾患が急激に増えている実態があります。非GM作物にもネオニコチノイド系農薬やGM作物に使われるグリホサートが大量に使われていることがわかっています。
このような状況の中で、ネグロスの人びとの命と環境、土地を守っていく上で、何をしていくべきか、現在、オルター・トレード・ジャパンではそうした議論をネグロス側パートナーのオルター・トレード・コーポレーション(ATC)などと共にスタートさせています。
この問題はもちろん、ネグロスに留まることはありません。現在のグローバリゼーションの影響は東ティモールにもパプアにもインドネシアやパレスチナにも影響を与えており、そしてそれは日本も例外ではありません。このようなグローバルな食の危機、農の危機の中で、私たちは国境を超えた小規模生産者と消費者の連帯で何が実現できるのか、今後とも対話と民衆交易事業を通じて、具体的な行動計画を作り、命・自然・暮らしを守るオルタナティブの創出に向けて活動していきます。
今後、オルター・トレード・ジャパンでは「食の危機・農の危機をどう乗り越えるか」を切り口にした情報発信やさまざまな取り組みを計画しております。
その一環として、ネグロスの砂糖危機の問題について、マスコバド製糖工場(ATMC)工場長スティーブ・リンガホンさんのインタビューをまとめました(右表紙写真)。6月20日にはバランゴン民衆交易の意義を再検討する調査についての公開セミナーを開催しました。報告書は8月下旬発行をめざして現在、準備中です。
今後、バナナやカカオをめぐるさまざまな動向に光を当てたり、遺伝子組み換え農業によってどんな問題が世界で引き起こされているのか、遺伝子組み換えや農薬へのオルタナティブ/アグロエコロジーの有効性などの問題についても焦点を当てていく予定でおります。
ぜひ、ご注目いただけますようお願いいたします。
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