エクアドルコーヒー・ナチュラレッサ誕生物語 from エクアドル
今から遡ること28年前、1993年の春のことです。オルター・トレード・ジャパン(ATJ)初代社長の堀田さんが、足元の麻袋を指して「これはエクアドルで有機栽培された良いコーヒー生豆なんだ。今、一般的な市場で売られている有機栽培コーヒーは、美味しくないうえに値段も高い。ATJは、このコーヒーを美味しくて適切な価格の有機栽培コーヒーとして売り出したい。その仕事をやってみないか?」と声をかけてきました。入社して3カ月、ATJの仕事もまだよくわかってなかったのですが、高校時代からハンドドリップでコーヒーを淹れていた私は好奇心にかられ、「やります!」と即答してしまいました。
威勢よく返事はしたものの、前職での経験は事務や顧客対応のみで、コーヒーの専門知識も商品開発の経験もなく、何から始めたらいいか途方に暮れました。今ならインターネットを駆使し、即座に必要な情報を入手できますが、当時はコンピューターすらなかった時代。コーヒー会社の社長さんにコーヒーという商品や業界の話を聞いて薦められた本を読みあさり、ベテランの焙煎師さんに原料や焙煎の違いによる様々な味のコーヒーを試飲させてもらいました。
■地球の裏側の産地を訪問
そうしてコーヒーという製品になるまでを学んだ後は、原料の生豆を誰がどのように作ったのかを知る必要がありました。
スペイン語が全くできない私は、英語で産地視察のやり取りをしたKave Caféという会社のスタッフのフランシスコを頼りに、一人エクアドルに飛びました。ロサンゼルスからフロリダ経由でエクアドルの港町グアヤキルへ、不安と期待を抱え1日半かけて辿り着いた地球の裏側の国はとても遠かったです。
到着した翌朝早くからフランシスコが運転する4輪駆動車に乗り、車の天井に頭をぶつけそうになりながら、ぬかるんだデコボコ山道を2時間ほど登ったところにコーヒー畑はありました。森の中はひんやりとした空気が心地よく、深緑色の大きな葉が繁ったコーヒーの木が等間隔に植えられ、伸びた枝の先にかわいらしい赤い実がついていました。「食べてみて」とフランシスコに手渡された艶々の赤い実は、ライチのようなさわやかな甘い味がしました。苦いコーヒーの実は甘かったのです。
コーヒー農家の皆さんは、朝から家族総出で熟した実を手で摘みます。熟した実は傷みやすく、収穫したその日のうちに果肉を除去する必要があります。過ぎには軒先で黒くなった過熟な実や青い未熟な実を除いて袋詰めし、夕暮れ前にロバや車で山の中腹にある加工場へ運びこみます。果肉を取り除いて一晩水に浸け発酵させ、翌朝ぬめりを洗い流して、パーチメント(薄殻付きコーヒー豆)にします。それから乾燥場へ運び、上下を返しながら1週間以上乾燥させ、脱穀機にかけて、やっとコーヒー生豆になるのでした。
2日目でコーヒー生豆製造の大変さを全身で感じていた私ですが、最後に重要な仕事が残っていました。手選別です。不良豆が混ざるとコーヒーの味が格段に落ちるため、コーヒー生豆の山の回りに座り込んだお母さんたちが、膝の上の板に広げた生豆から不良豆を一粒一粒取り除きます。黙々と指を動かすお母さんたちによって美味しいエクアドルコーヒーが生まれるのでした。
■商品名は「ナチュラレッサ」
「美味しいコーヒーができるまでの大変さを、飲む人たちに伝えたい」という熱い思いを胸に帰国した私は、商品化に向けて猛ダッシュしました。
ATJがエクアドルから輸入するコーヒー豆には、スペイン語で自然を意味する「ナチュラレッサ(Naturaleza)」という名前が冠されました。その夏に収穫されたコーヒーは「Naturaleza」と印字された麻袋に詰められ、1993年12月、横浜港に到着。わくわくしながら初めて「ナチュラレッサ」に会いに行った倉庫でかいだ、ちょっと甘酢っぱいコーヒー生豆の香りは今でも鮮明に覚えています。
そして、1994年春、ベテランの焙煎師に焙煎され、白いパッケージに入った「有機栽培コーヒー・ナチュラレッサ」がデビューしました。コーヒーの産地や生産者について消費者にあまり知らされておらず、有機JAS法も制定されていなかった時代に、ATJの顔の見える「おいしくて適切な価格の有機栽培コーヒー」として生まれた商品です。あれから28年、今でも「有機栽培コーヒー・ナチュラレッサ」が多くの皆さんに愛飲されていることはその誕生に関わった者として嬉しいかぎりです。
伊沢さゆり(いざわ・さゆり)/ATJ
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