【PtoP NEWS vol.16 特集】伝統的なゲランド塩田での収穫
塩と言えば、泣く子も黙る調味料の王様。のり塩ポテトチップス、塩モミ野菜、塩ラーメン、塩焼きそば、塩キャラメルにソルティドッグ…「塩」のつく食べものは枚挙に暇がなく、いかに塩味が人びとに愛されているかを物語っています。
日本オリジナルの「サラダ味」も、塩味をいかにオシャレに表現できるかという先人の挑戦と探究の賜物であり、サラダは「Sal(サル)」という塩を意味するラテン語が語源ですので、ギリギリでウソのない、なおかつ塩への愛が溢れた見事なネーミングが実現しています。
塩は、ほとんどの動物が喜んで摂取する、生きるためには不可欠な栄養素でもあります。
地球上の生命は海から発生したというのが通説であり、今なお、その名残が体の仕組みに組み込まれていることになります。
宮崎県の幸島には、イモを海水で洗ってからでないと食べずにはいられないグルメなサルもいるそうですが、それも単に塩味中毒なわけではなく、本能的なものなのかもしれません。
しかし、そんな彼らでも、海水から塩を作ることはできません。今のところ、それができる生き物は、ヒトだけのようです。
そのヒト特有の英知は、土地の自然や気候に応じて様々な形で発達しました。中でも、美食の国フランスにおいて多くの著名なシェフにも愛好される「ゲランドの塩」は、ゲランド地方特有の自然とヒトのどちらもがなくては作ることのできない、きわめて素朴な天日塩です。
1000年以上の歴史を持つゲランドの塩
フランス西部ゲランド地方に広がる塩田では、1000年以上前から変わらずに塩づくりが営まれてきました。
塩職人たちは潮の満ち引きに応じて海水を引き入れ、それを貯水池に溜めておき、そこから水深わずか数センチの塩田の中心まで、絶妙な傾斜のついた迷路のような水路を、全体が乾かないように巧みに海水をコントロールしながら導きます。
その過程でじわじわと水分が蒸発することで海水が濃縮され、行きつく先で塩が結晶するギリギリの塩分濃度になるように設計されています。
コレ、相当大変です。
ゲランド地方は天日塩製造の北限と言われ、適度な日照と気温、そして風の強さがカギとなります。さらにその絶妙な気候が訪れるのは、1年のうちでも7月~9月頃だけ。
当然、塩の収穫もこの時期に限られます。最適な気候のもと、もはや死海並みの塩分濃度になったオイエと呼ばれる採塩池では、この時期、主に朝と夕方の2回、塩職人がラスと呼ばれる5メートル近い長さのトンボ状の道具を片手に、池底に結晶した粗塩を収穫します。
わずか数センチの深さの池で、5メートル先にくっついた板を操り、池の底をえぐらないように塩だけを手前に寄せる。文字にすれば50字足らずの作業ですが、コレ、相当大変です。
池の底をえぐってしまうと、塩に泥が入ってしまって商品にならないし、塩田もキズつきます。だから、それこそ赤ん坊をなでるように丁寧に、エビ反りしたラスを手繰ります。
そのため、塩職人の手は、いつもマメだらけ。これを繰り返して、少しずつ塩を浮かせて手前に寄せ、ラデュールと呼ばれる場所に積んでいきます。
一見地味ながら非常な技術を要するこの収穫作業、決してヨソ者にはさせてはくれませんし、一人前になるには修業が必要。
だからこそ、彼らは親しみと敬意を込めてPaludier(パリュディエ=塩職人)と呼ばれます。
至る所に塩の白い山ができるこの時期のゲランドの風景は、日本で言えば稲が干されている田んぼの風景のようなもの。ゲランドの人びとの心に根付いた、故郷の景観なのでしょう。
塩田に咲く塩の花
ゲランドの塩にはもう一つ、塩職人とっておきの塩があります。それが、現地でFlour de Sel(フルール ド セル=塩の花)と呼ばれるもの*。
条件の整った夕方にのみ、オイエの表面に浮かんでくる塩の結晶だけを集めたこの塩は、全体の数%程度しか取れない希少なもの。純度が高く、微生物の作用で収穫時にはスミレの香りがするとも言われます。(*商標の関係上、オルター・トレード・ジャパンでは一番塩と呼んでいます。)
毎年7月になると、スミレの香りと塩の山に囲まれて、塩職人が1000年前と変わらないスタイルで収穫が始まります。
若井俊宏(わかい・としひろ/ATJ)
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